レールウェイの先は霞んでいる
竜門勇気

あたしは 今日も 錆びかけた個室で ベッドにはいった
いつごろからそうしてるのかわかんない けど 法律で決まってるから
シンシツは人もまばら そろそろ発車だからね
個室は最初 カタン カタン って小さな振動をして
あたしが目をつむる頃には光速の99.77%まで加速して
太陽系の属してる銀河の中心へ向かって二時間 ってゆっても
地球ユリカゴでの時間ね 疾走して
こんどは二時間かけて向きを変えてまた二時間かけて ここに帰ってくる

なんのためかってゆうと あたしもよくわかんないんだけど 要は寿命の底上げ
人生のうちの三分の一は眠ってるわけでしょ
その時間を利用してウラシマコウカってやつで・・・なんだかわかんないけど人の時間を遅くするんだって

先生がゆってた
「人にとって眠りは時を止めること。だから何も怖いことはないし、不自然なことでもないんだ」
でもあたしは時々すごくこわくなる
もしも 眠ってる時になにか大事なことが起きたら
素晴らしいことが起きたら 大切な何かを失ったらって・・・
あたしはその時 時間の外側にいて なにかとても孤独なような そんなこわさ
そんな感情を いつも かくしてた

ある日 あたしはいつも目が覚めないはずの時間に目が覚めた
誘眠発振ミンザイの赤茶けたアラートランプが点いてちかちか光ってる
もうこの個室もぼろだからな・・・あたしは目をつぶった
修理依頼の提出もめんどくさいからランプは点けっぱにしておこう
せめて本か音楽でも持ち込めたらな 重量制限ペイは下着で精一杯だし
頭の空きに埋め込カキコんじゃおうかな・・・ってとりとめもなく考えてた

ちょうど個室はレールウェイの折り返しに差し掛かるあたりだったらしくて
見せ掛けの重力ニセGが働きはじめてた 個室が回転しながら
釣り合いを取って円心力に底を向けていく やっぱりぼろの ベアリングがきしむ音が聞こえた
あたし はっとしてなんにも考えられなくなった

あたし いま 世界の外側にいる

もちろん地球ユリカゴでは今のあたしからみればめまぐるしい速度で
生きて 暮らしている人もいるし 後進国の人や 恵まれない人アトカラキタヒトたちは
永遠に世界の 当たり前の世界の物差しでの ”時間 ”で生きるしかないわけで
でもきっとそれって 世界に自分を合わせて存在するってことだよね
時をもし完全に止めることが出来て 進まない世界の 進まない時計を眺めながら
今からさきへぜんぜん進まないあたしが永遠に存在するなんて とってもこわいよ

むかし おかあさんがいってた
「お母さんのおばあちゃんは最初の個室の発車を見たのよ。昔は最大Gが高くて代わりに緩衝エーテルを室に詰めてたの。だからまだ目に見える内に凍った時間があらわれたそうよ」
まだそこにいるように見えて もうとっくにはるか彼方へ進んでいる
あたしはだれかに 今 本当にここにいるって わかってもらえてるのかな
あたしは 思うことで あたしを信じられるけど

見せ掛けの重力ニセGが消える時も また ベアリングはギギ と鳴いた
不可能性ドライブハッピャクが駆動を開始して 低くて心地いい持続音が聞こえてきた
あたしはまぶたの裏の光の粒を見つめながら 止まっていく時間を感じてた


あたしの個室が走るレールウェイの少し遠くには もう一つの亜光速路線がある
それはもう あたしたちよりずっと遠く ほとんど銀河中心域ナカまで走っていく
その中には 最後の一人となった重要無形文化財な職人さんや
ものすごい功績を残した学者さん とんでもない大金持ち そんな人たちが
コールドスリープしたまま詰まってる
いつか 知識や特性をエミュレートできるまで 保存しておくんだって
あの路線はあたしたちみたいに ねむる時間を 止めるんじゃなくって
もっと不自然な何かを止めてるような気がして
あたしの止まった時間がよけいに罪深く感じた

加速はそんなことを思ってる間に 終わって
個室は地球ユリカゴへ帰っていく
誰かがミシンからワープ装置を作らなくて だれかが
不可能性ドライブハッピャクなんて発明しなかったら
あたしは今頃 うちの 居間で なんだかねむれないよーって
誰かに電話してたりするのかな
誘眠発振ミンザイのアラートが個室を照らしてる
あたしは 凍った時間の中にいる


散文(批評随筆小説等) レールウェイの先は霞んでいる Copyright 竜門勇気 2009-05-29 11:29:35
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