紫陽花
夏嶋 真子
手を引かれ歩く。
懐かしい匂いのする君
その面影は記憶の水底
私が潜水夫になって強く握り返すと
つないだ手には水たまりができて
空の色を映す。
薄暗い緑の茂みの奥までくると
君はその手で私に目隠しをして
「水無月の青を待ってはだめ。」
と、言う。
静寂の中で、私をつつむ君の手のひらだけが
私にとって唯一の”外部”だった。
五月の匂いがする。
「御覧なさい。」
君に言われるがままゆっくりと目を開けると
青が並んでいる。
空と連続する私を
一つ一つの小さな世界へと折りたたんでいく、
生まれたての青。
(ああ、そうか。)
嫋やかな膜で掬われた、
昨日の雨の一粒ごとに無数の私がいて
月の卵をあたためていた。
今朝、卵から孵ったのが君で、
裸のままだった私に服を着せてくれたのだ。
靴下を太ももまでひきあげられた時
私の青たちが目覚めて
君とくちびるを重ねあう。
上くちびる、と
下くちびる、を
結ぶ、
一点
を、強く吸われて
君に五感を制圧された瞬間
無数の君は
唯一の私に重りあって雨になり
私の心の奥底にしみいると
根をはりめぐらせ
今も青を生み続けている。
五月雨の万華鏡
幾つもの世界で
揺らめきあう君と私は
互いの内在を
頂点で交換し回転しあう。
白は青く
青は青く
うつろいできえる
一瞬の色彩
それでも
色は今の中で
今は色の中で
形を許しあう
紫陽花の無言歌で
編んだ文様の中で
逃げる五月を追いかける君
私は空へ浸されてゆく。