散髪屋
小川 葉

 
 
十分で千円の
散髪屋に行った

わたしはそこで
十分で千円分の
人生をくださいと
店主に言った

けれども椅子に座らされ
十分で千円分の
髪を切られてしまうのだった

わたしは知っていた
故郷と同じアクセントで話す
女がそこで働いてることを

生まれてもいないのに
姉がいることを信じて生きた
わたしのささやかな願いは
十分で千円の
効率を優先させるあまり
かなうはずもなかった

生まれたときは直毛でした
けれど思春期を迎える頃になると
少し癖が出てきて

姉は息を飲んだ
そして、ああ、と言った
それ以上話すと
十分で千円の効率を妨げてしまうから
わたしと姉は
息を飲むしかない
店主が二人を見張ってるのだ

姉はわたしに鏡を差し出し
これくらいでいかがでしょうと
息も絶え絶えわたしに尋ねる
よせばいいのに
わたしはもっと短くしてくださいと
姉に言う

もはや瀕死の状態で
息もなく
十分を過ぎているというのに
千円しか受け渡すことのできない
わたしたちは
十分すぎるほど長生きしていた

本当の願いだけかなわない
その代償として
わたしは姉からポイントカードを受け取った
蘇生の思いをしながら
判子がひとつ押されている
すべての欄が埋まるまで
わたしたちは
生きなければならないのか

十分で千円の
散髪屋に行った
髪が短くなっていた
それだけだった

たったひとこと言いたかった
そのひとことを
姉に話せないまま
わたしは家に帰ると
言い訳を千枚紙に書いて
焼いて捨てた
 
 


自由詩 散髪屋 Copyright 小川 葉 2009-05-11 01:03:53
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