距離
鈴木まみどり

近すぎるよ
近すぎて、
世界ときみとの境界が曖昧だよ
私たちが細胞でできているように、
世界が私たちでできているのならば、
私たちはさっさと境界を捨ててしまおう
間違うなよ、
縁取っているのは空間でも時間でもなく、
言葉だ

もげた花を市指定のゴミ袋へ、
がさり、と捨てたじゃないか
歯科医は、抜いた歯持って帰りますかと
訊かなかったじゃないか
自分の一部がゴミになるなんて喜びだ

午睡から起きると、
口のなかは海になった
血のような匂いがする
台所では母が魚に塩を降っているのだった

困った、
感動やしびれや生臭さは、
どうやら自分のなかにしか
共鳴しないらしい!


きみは初めてお風呂へ入ったとき、
衝撃だったはずだ
手の指先がしわしわになってるー
水分が持ってかれたんだー
全身の穴という穴をふさげ!
それが自我とか
自意識とかの目覚めらしくて、
きみのなかで近代の幕開けだった

指先で色がわかるのが私の特技です
虹は一色です
銀河の果ては、
黒でもあり白でもあります
黒は吸いこむし、
白はスパークする
認識だ、言語だ、
あ、ばら色の雲、と語り合おう


きみが指先で睫毛を撫でる
「表情にとってもっとも重要なのは、
睫毛なの」
撫でられたら、
私の睫毛に星が宿った
「すごいね!
にんげんってすごいね!
目と睫毛を区別できるなんてすごい!」

たとえば私が部屋でまばたきすると、
その光はたぶん、
三日かけてきみまで届く
もう死んでしまった星を、
きみは見ている
遠すぎるよ
遠すぎて、
私の寿命が三日ものびてしまったよ


認識は、
方々へ散らばってゆ く!


セックスのたびに、
友情がひとつずつ減ってゆきます
きみのお骨を、
SNSで拾いました

生み落とされたこと、
きみの性器を受け入れること、
宇宙に捨てられること、
クレマチスを、
自分の一部だと言い張って譲らないこと、
排泄すること、
電線でお弁当を届けること、
関節を茹でられること、



ひーとーつーにーなーりーたーいー

      ち

 ら
   ば
   り
    た


        ぃ

ね ぇ、
きみの耳でもあり私の耳でもあり、
性器でもある場所へ、
「果てしなく、寒い、



自由詩 距離 Copyright 鈴木まみどり 2009-05-09 18:00:18
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