海について
一ノ瀬 要


(海、について
わたしが書こうとすると決まって
おとうさん、おかあさん、砂、星、アーシュリー、を書くことになる。)


アーシュリー、
わたしがにぎる手綱からするりとぬけだし、
波と、かわいた砂の、ちょうどまんなかあたりを、
勢いよくかけだす。
ながい耳をたなびかせて、ちいさな、そして、けなみのととのった足。跡が、消えてゆく。
知ってるかい、アーシュリー、砂が、鳴いているんだよ。
遠くなった、姿に、つぶやいた、おとうさん、あの日。

ほんとうだ、砂が、鳴いてるね、ざあざあ、ちっとも、嬉しそうじゃ、
ない、ね。
七色のオウムが、しぶきのひとつひとつ、から、わたしをのぞきこんで。
乱反射した、おとうさん、の顔、まぶしい。
ながく伸びたその影を、アーシュリー、きみが海へ、つれていくように
見えたよ。
まだ、子宮、という日を思い出せずにいた、その日。
赤毛色したしっぽ、ばかり追いかけているわたしに。
おとうさん、また、なにか、もういちど、つぶやいてください
ぐんしゅうの中ではない、あなた。背骨のこどうが、氷解、する
しずんでいく海の、気泡で弾く、チェロ


(波の音が言葉にならない、しくみ。)


わたしはそういうところを、えらんだ。
だから、かなしい。
おとうさんの、顔、見たよ。誕生石の雨。
しける、海の、そのてのひら。あずけてくれたのは、
知ってるかい、アーシュリー。
貝殻たちが、覚えている、むかしむかしの、わたしたち。
包装紙に、おおわれた手をつなぐ、かなしい話
たどたど、しい、さざなみで、ゆるして、くれる。
流星群がおちた、さき。ひかりの、束。
ただしさ、かもしれない。
らんざつにこぼれた、おとうさんとアーシュリーの。


(わたしの)


えたいのしれない、どうぶつのなきごえ。
すなけむり、潮、のにおい。
そう呼ぶには、ゆるされていなかった、世界じゅう、花の根
の。綻び

乾涸びた浜に、立ちつくす、おとうさん。
はじまりのない、空から。無数にぶらさがっている、
日焼けした、アーシュリー。
貝殻が、あっけらかんと、口を開けて。
すべての、くらがりに、擦れる。砂つぶ、
きっと、うらがえせば、ほこりまみれ、の繭
てのひら錆びて、ぼろぼろの、ゆめだ。


(そのなかでさえも)


おもいだすように、ひとつ。深い、呼吸を、ひとつ。
ただ、耳を澄まし、混じり気のない方法、を、ひとつ。
たそがれの、森。と、その上をとぶ鳥。一羽。たゆたい、の、旋回。
そのそば、にいる、かじかんだ手。を、ひたす
おもいだすように、ひとつ。深い、呼吸を、ひとつ。


(つむいだら、)


涯てもなく、雫のかがやき、いま、零れ落ちて。
その、水面を、なでるように、歩く。
(波の音が、つむいだら、言葉にならない、そのなかでさえもわたしの。しくみ。)

ひとしく、ひとつにまとまっていく
だから、
聞こえている


海、
について

 
 


自由詩 海について Copyright 一ノ瀬 要 2009-04-29 03:32:45
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