耳寄りな話
あおば

               090420

じっくりことことと
煮詰めるのですと
テレビの中の先生が
無感動に説明しています
感動するのはアシスタント役の
アナウンサー
お客さんの聴視者は
美味しそうな湯気を眺めて
美味しそうな色を見て
美味しそうに頬張る口元を見て
美味しそうだなと
しみじみと思うのです

じっくりことことと
お豆を煮ます
銅鍋に限りますと
だれかが言う
鉄鍋で煮たことがありますと
記憶の中の少年が叫ぶ
本当に煮たのかと
現在の青年は疑う
昔の少年は
聞いたことを体験と思う
お母さんは
豆を煮ていたよね
お父さんは
鉄砲を撃ったよね

写真からはみ出た記事を読む
機関車が煙を吐いて
堂々と鉄橋を渡ってゆく
脱線転覆して
多摩川に落ちて
沢山の人が亡くなったよね
煙を吐いて
天井を見ていたお父さんの無表情な顔に
不安を感じたこと無かったかな
ガラス戸の中は暖かそうで
冬の風も吹き込まないように見えたよね
フライパンの黒い底に
ダイヤモンドの微結晶ができることもあるのだと
聞いたことがある
大きな結晶に育て上げて
宝石として売るのは
無理な話だと承知しておりますが
豆柄でことこと煮るぶんには
誰の迷惑にもならないと
記憶の中の少年は考える
なんでも燃やしてしまえば証拠が残らないと
その父親は考えたかも知れない
ダイオキシンが発生すると知ったのは
そんな昔のことではありません
ことこと煮るには
時間が窮屈で
竈の煙で警報機が
喧しく鳴ったりして
ことこと煮るには
豆殻は
相応しくない
相応しくありません
全否定から部分否定を認めたので
豆は
缶詰で買うことになり
ことこと煮る手間が無くなりました
テレビの中の煮豆たちは
特別なのだと言うような顔をして
美味しそうに湯気を立てて
美味しそうに食べられて
美味しそうに番組が終わる
食べ損なった聴視者は
相場師のような顔をして
株式市況に耳を傾ける



自由詩 耳寄りな話 Copyright あおば 2009-04-20 21:48:34
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