4月11日の懺悔
高杉芹香
気持ちよく晴れていたから
あいつは起きるなり
こんな日はバイクに乗りたいなんて言った。
毎日 仕事で遅かったから
あたしはもう少しだけ眠っていたかった。
あいつがシャワーを浴びてる間 束の間 眠った。
シャワーの音が心地よく
日差しが優しかった。
朝食を作ろうとすると
起き立てのあたしの髪をあいつはくしゃくしゃっと触った。
なんてことない土曜の朝だけど。
そのなんてことないことが普通は幸せなんだろうと思った。
明日は一緒にいられないよ。
そう言ったら
「何度も言わないで、悔しくなるから。」
って
あいつはバイクのエンジンをかけた。
華奢なあいつの背中はまた少し痩せたように感じた。
あたしはいつもワガママ言って
この子にガマンばかりさせているんだと思う。
夏の匂いのするあいつの背中にほんの少し顔をうずめていたら
なぜか泣きたくなった。
どうしてこの子と生きてくことを選ばなかったんだろう。
あたしは自分の正直なキモチが
わからなくなっていた。
5月を控えた街は少しざわめいていて
青葉に目がチカチカした。
信号が青に変わり急に速度を上げたあいつは
「危ないから、寝ちゃだめだよ」って言った。
『ん。いくら寝不足でも、バイクのケツじゃ寝ないからっ。』
あたしの声はマフラーの音に消された。
掴んだ白いシャツはひらひらと舞っていた。
今年の春で
もう何回目になる?。
出会ったのは春だった。
不思議な空気を持つあいつは
いつ会っても
さびしそうに笑っていた。
なんで笑うの?。
一度 聞いたことがあるけど。
あいつのポツポツと喋る答えを聞いていたら
あたしは彼を守らなくてはいけないと感じた。
そんな人生を歩いてきたのなら
信頼できる誰かに、あたしがなればいいんじゃないかと思った。
あれから何年も経って。
「ねぇ。結婚して?」
・・・
不意にあいつが言ったことばに
あたしは何も言わなかった。
あいつを愛しているのかわからなかった。
あいつとの日常が想像できなかった。
何十年先もそばにいてほしい。
死ぬときは泣いてほしい。
そう思っているけれど。
だけど。
一緒には暮らせない。
生活になって
日常になってしまったら
あたしはきみを大切に想えなくなるから。
上野公園の脇。
走らせるバイクの後部座席から葉桜を見た。
「ねぇ。葉桜になってるよ。」って叫んだら
あいつは
静かに
「春が終わっちゃうね」って言った。
ごめんね。
傷つけて。
ごめんね。
永遠を約束できなくて。
4月11日。
あたしは
初夏の風を頬に受けて
罪なる愛に懺悔した。