瓜生嶺人

雨の降る夜更け

窓の外に誰かが立っている
カーテンの隙間からこちらを覗いている
俺にはわかっている
覗いているのはお前だろ?

びしょびしょに濡れたヤッケから
しずくが滴り落ちる
音が聞こえる

ドアの向こうにお前は立っている
ヘルメットにサングラス、大振りのマスクで顔を隠しても
俺にはわかっている
そこにいるのはお前だろ?

久しぶりじゃないか
その格好は確か学部の掲示板前で
関西新空港反対のビラを配っていたときのまんまだ
あの時俺にはビラを渡さなかったよな
馬鹿だなあ、何のために変装しているんだよ
そういえばその姿がお前を見た最後だったんだと
いまさらながら俺は気がついたよ

俺の後ろにお前は立っている
腫れ上がった顔で切れた唇で潰れた眼でじっと俺の背中を見つめている

両のひざは鉄パイプで砕かれてぐしゃぐしゃだったってな
バールで殴られた頭は三箇所が陥没してたってな
折れた肋骨が肺に刺さって、口の中は血泡だらけだったって
公安の高田のやつに聞いたよ
もっとも高田って言うその名前が本名なのだかどうだかも
今となっては俺にもあやしいのだけれど

お前の死を無駄にはしないと
機関紙は見出しに大きくうたっていたけれど
お前の死を乗り越えて進もうと
委員長のトランジスタメガホンは音が割れていたけれど

悪い知らせかもしれないが
お前のセクトはもう、今はない
いくつにもいくつにも分裂を重ねて
もう今は影も形も残っていないさ

だからお前の死を引き受けてやれるのは
もしかしたら俺だけなのかもしれない
だからお前だって20年ぶりに
俺を訪ねあてて今夜やってきた

お茶でも入れてやろうかと
俺は椅子から立ち上がる
最近、雨が降ると古傷が痛むんだ
右足を引きずるように歩く癖は
昔のお前がそのままうつったようだな

俺は脚を引きずりながら
いつの頃からか癖になってしまった
インターを小声で口ずさむ
お前の影と寄り添いながら歩き続けようとそう思う


自由詩Copyright 瓜生嶺人 2009-04-13 09:40:13
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