たちばなまこと

「やる気がない!」と朝の会
突然に怒鳴り散らす担任の春を
冷めた目で眺める日直の朝。
理不尽なされ方に敏感な、理屈っぽい女子高生が
キメ台詞を復唱しながら、日直の用聞きで職員室に乗り込む。
「さっきは悪かったね」と
春は、居心地悪そうに笑みを浮かべてていた。
そこには強面の社会科の先生や、表情など無いと思っていた
化学の先生の笑みもあった。
番茶の香る職員室
悪くないところかもしれないと思った。

春は当時四十歳。
今思えば、働き盛りで悩み盛りの青年で
ガタイに似合わず数学教師。
パンと張った体から、出世願望がにじみ出ている。
進路指導の授業では、学歴社会の厳しさなんかをイチ押しする。
「おまえらもいい大学を出た方がいいぞ」
いやらしくも受け取れるような下手な講義で
曖昧な笑みを浮かべるものだから
クラスメートの反感を買っていた。
みんなは春を蔑んで見ていたが
私は今でもあの授業を思い出す。

修学旅行のバス
左では友だちが眠っている。
前の席には春とバスガイド。
生徒に話しかけらることがない春は、ガイドと必死に会話をしていた。
私は身を乗り出して言った。
「先生、あんまりガイドさんを困らせちゃだめだよ」
まるで日頃から慕っている生徒のようにだ。
「ははは。生徒に怒られちゃった…」照れ笑いが静かに跳ねた。
私も友だちの真似をして目を閉じた。
車内にはエンジン音だけが響いていた。

文化祭
春は一眼レフを首から下げて、必死にクラスメートを写していた。
好かれようとする態度がわざとらしくて
春は素直だなあ、って遠くから見ていた。
私にファインダーが向けられたことに気がついたが、知らぬふりをした。
春が思う私の姿を見てみたかったし
みんなみたいに“ピース!”なんて、子供じみたことはしたくなかったからだ。

私の記憶に、卒業式の春が居ない。
クラスメートでお金を持ち寄って、花束を渡しただろうか。
もしかしらたああ見えて、人一倍みんなを愛していたのかもしれない。
感慨をこぼす前に、職員室へ去っていったのだろうか。
春は後に教頭になったと聞く。
生徒を扱う機会が減ったから、今は少し楽をしているかもしれない。
いつか遅刻を「おまえはかわいいから」と見逃してくれたお返しに
「先生はかわいいひとですね」と今なら言えるが
私たちは大人になりすぎている。



自由詩Copyright たちばなまこと 2009-04-11 07:16:02
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