「 卒業証書 」 〜母校の教室にて〜 
服部 剛

車窓から眺める市役所の 
時計の針は17時47分 

僕は夜の映画館に向かって 
ゆっくり走るバスに揺られながら 
先生と再会したひと時を思う 

日中、母校の校長室で会った先生は 
三十八年間の教員生活の 
最後の一日を終えて 
今頃車の運転席に身を沈め 
鍵を廻す頃だろう 


  * 


「六年二組の教室にいこうよ」 

ふだんは静かな先生が 
眼鏡の奥の瞳を輝かせ 
校長室の机で向き合い語り合う 
僕達は立ち上がった 

二十二年前と変わらない 
灰色の壁に囲まれた 
薄汚れた階段に 
靴音を響かせ 
三階まで上がり 
無人の教室に入る 

あの頃よりも
いつのまにか 
教室は狭く 
机と椅子は
小さくなっていた 

「この景色が最高なんだ・・・」 

教室の窓から 
校庭の先に見える 
小動岬と江ノ島の間に広がる 
腰越の海をみつめ 
先生は呟いた 

僕は封筒から 
原稿用紙を取り出し 
母校に来る前、自宅で書いた 
「先生への手紙」の 
朗読を始めた 



「卒業証書、授与・・・とは言えませんが」 

読み終えて、少し笑った教え子は 
腰越の海が見える教室の窓辺で 
封筒にしまった手紙を 
両手で 
先生に渡した 


  * 


幾人かの子供等が 
サッカーボールを蹴っている 
あの日のままの校庭と 
数え切れない子供等を 
百年以上見守ってきた樫の大樹に 
目を細め、ひと時の間佇んだ僕は 
校庭に一礼して 
門を出る 

振り返った小道には 
無数の桜の花びらが 
散りばめられ 

あの頃の教室にいた 
一人ひとりの級友が 
それぞれ笑顔を開いたような 
花びら達を背に 

懐かしい小道へ 
僕の後ろ姿は 
吸いこまれていった 








自由詩 「 卒業証書 」 〜母校の教室にて〜  Copyright 服部 剛 2009-04-06 23:23:38
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