ホルマリン漬けの未来
瓜生嶺人


医学部旧舘の地下資料室の
うっすらと埃をかぶった棚の上に
直径30センチ高さ50センチほどの
広口のガラス瓶に入って
私たちの未来が眠っている

かつて光にみちていた
その眼は堅く閉じられて
小さなこぶしは固く
握り締められている
薄桃色に輝いていた頬は
脱色され紙のように白くなっている

未来は体を軽く右に傾けて
まるで隣のシャム双生児の標本に
寄り添っているようにも見えるが
その実二人は(三人は)ガラス瓶に
二重に阻まれているので
彼と彼らは孤独に眠らざるを得ない

瓶の底に沈むラベルの文字は
キャラメルの箱の裏書で
もはや判別不可能なくらいに薄れてしまっているが
私はそこに書かれていた文字を知っている

「未来  1969年標本」
「時計台の上で生まれそこなった寵児」


自由詩 ホルマリン漬けの未来 Copyright 瓜生嶺人 2009-04-04 12:07:50
notebook Home 戻る