ホルマリン漬けの未来
瓜生嶺人
医学部旧舘の地下資料室の
うっすらと埃をかぶった棚の上に
直径30センチ高さ50センチほどの
広口のガラス瓶に入って
私たちの未来が眠っている
かつて光にみちていた
その眼は堅く閉じられて
小さなこぶしは固く
握り締められている
薄桃色に輝いていた頬は
脱色され紙のように白くなっている
未来は体を軽く右に傾けて
まるで隣のシャム双生児の標本に
寄り添っているようにも見えるが
その実二人は(三人は)ガラス瓶に
二重に阻まれているので
彼と彼らは孤独に眠らざるを得ない
瓶の底に沈むラベルの文字は
キャラメルの箱の裏書で
もはや判別不可能なくらいに薄れてしまっているが
私はそこに書かれていた文字を知っている
「未来 1969年標本」
「時計台の上で生まれそこなった寵児」