超真理男兄弟[場面1−4]
国産和風モモンガ

 このへんまで来ればわたしなんかはけっこうお金も貯まっているし仲間も増えていて、多少嫌なことがあったとしても我慢はするようにしているけど何事にも例外はある。というか世界には例外しかない。一人目のわたしと二人目のわたしとではテンションが違う。最後の一人になった時にはほんとうに慎重に、大切に扱うつもりでいる。例外的にわたしが我慢出来ないのは停電当夜のダイニングでトマトソース・スパゲティを作ることだ。視覚を奪われた状態でトマトソースを作るのは本当につまらない。換気扇の音だけがブーンと鳴って、鍋のくつくつ煮える音も様子もぜんぜん見えないから何度も塩こしょうを足しながら味見をする。テーブルには一面ろうそく畑になった苺ショートケーキと火の点いたろうそくが待っていて、今日はお客さんな仲間たちが楽しみな顔を決して崩さないように退屈に耐えている。暗いからトランプや将棋や退屈しているギリシア人をすることが出来ない。54枚全てジョーカーでも全棋「歩」でも誰かが裸で円盤投げをしても誰も気づかないだろうし、空腹の最中で視覚以外を使って遊ぶことなんてぜんぜんやる気にもならない。「何か曲とか聴こっか?」と精一杯の明るさで誰かが言って例えば木村カエラなんてかけたりしてもしゐんとしてしまうのだ。明るくて軽い木村カエラが部屋のずっと上のほうで鳴っていて、足元に滞った重ったい沈黙がテーブルに染み込んで、呼吸をすると肺まで重たくなりそうな嬉しくない静けさ。誰かが咳きをするとそれが圧倒的なヴォリュームで響くし、「ちょっとトイレ」=「ビビりの戦線離脱」だと捉えられかねない空気がある。少しくらい気を遣って早めに煮込まれてくれてもいいものをトマトソースは中〜弱火でじっくりとおいしくなっていく。停電した瞬間の、微笑ましくもうっとうしい「うわっ!」「何?」「停電?」「ドッキリ?」みたいな会話もすぐに火が弱まって、負けじとみんなで「ワタシの停電体験」を面白めに味付けして語り始めるんだけれど後が続かない。停電もさることながらトマトソースに時間がかかり過ぎている。色んな気分発信の汗をかきながらソースをかき混ぜる、パスタを人数分計る、ぬるくなる前にビールを取り出す冷蔵庫はもうただの箱で。斧でもあればテーブルを叩き割って、自然発生した今の沈鬱さを自家製のしらっとした空気に変えることが出来るのであるけれども。


自由詩 超真理男兄弟[場面1−4] Copyright 国産和風モモンガ 2009-04-02 13:06:39
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