現代詩フォーラムというサイトとの出会い
北村 守通

 春です。
 今更ながら春です。
 桜ももう葉桜に変わりつつあって、もうそんな季節になったんだと驚かされる今日この頃。釣りもシーズン…いや、新学年のシーズンになって卒業生達はどうしているのかなぁ、と気にしていたら新しい学生服に身を包んで近況報告に来てくれた。こういう場面が一番の四十肩の薬になって、生きてて良かったと思える瞬間だったりする。(まぁ、なんと大げさなことか。)思い返してみると、自分はそういうことしてこなかったなぁ、と反省。しかしまぁ、初めてくぐった校舎の香りは独特のものがあって今再びあの校舎を訪れてみたらどんな感覚が待っているんだろうか、とふと考えたりもする。
 様々な新生活を駆け抜けてきたけれど、やっぱりその中でも思い出深いのは大学への進学で上京して一人暮らし始めた頃だった。板チョコレート一枚丸まるを始めて食べたし、自分の下宿に友達を招いたり、あるいは招いてもらったり、酒の味を覚えたり。学業は忘れていったけれど。(おおたわけものです)色々なことがやっぱり初めてで、それまで部活は水泳しかしていなかったのにグリークラブ(男声合唱団)に入って汗臭い青春時代を過ごしてきた。もしかするとグリークラブとの出会いがなければ詩について自分で描いてみようだなんて思わなかったかもしれない。人前で朗読するという行為も無論なかったのかもしれない。詩論ならぬ歌論で、先輩後輩同期で入り乱れて鍋を囲んで(作るのはいつもボクだったが)あーでもない、こーでもないを繰り返す。連絡ノートには落書き、時々まじめに歌論。練習ではそれぞれのスタイルによる発声。(みんな試行錯誤。ボクも色々と盗んでみたり、それはチャウと突っ込まれてはやり直してみたりの繰り返し。)常任の指揮者さんはリサイタルのパンフレットの紹介文の中に『合唱とは没個ではない。個の重なりあいがあって生み出した個なのだ』という趣旨の言葉を載せられていたけれど、正しくその通りで皆それぞれの自分のやり方で歌いこみ、それを重ねていった。もちろん、これは団によっても違うと思う。そしてこの団で歌ってこれたことがボクにとっては今でも貴重な財産となっている。(しかし、今では全く交友していないのだが)
 そんなわけで卒業しても、しばらくはOBとして団の活動には参加していた。勿論、他の合唱団でも歌ったりしていた。しかし、徐々に歌に用いられている詩について想像し、世界を築いていくうちに歌によって自分が何を作っているんだろう、というひょんな疑問が自分を支配し始めてきた。楽典は理解できていない。曲を作るということも魅力がないわけではないが、むしろその曲を載せる原動力となった詩というほんの僅かな言葉の羅列の力が気になって仕方が無い。書くこと自体、嫌いではなかった。原稿用紙に描いてみるようになっていた。同じ頃、まだISDNとか無かった時代にネットを繋げて主に釣りのフォーラムを覗いていた。『現代詩フォーラム』『詩のフォーラム』等のフォーラムと出会うのにさして時間はかからなかった。
 初めて原稿用紙に書きとめていた詩を画面の中に叩き込んでみたとき、どんな世界に足を突っ込んでしまうことになってしまったんだろう?と不安だった。『あまぁ〜い!』とか『たわけもの!』とかキビシー指摘が待ち受けているんだろうか?それともそれを超えて無視?といった不安があった。しかし、蓋を開けてみると意外にも好意的に捉えていただけたコメントや批評に囲まれて初めてそれを読んだとき、三畳のロフトで飛び跳ねて、紅潮して赤面した顔を枕に押し付けて誰も見ていないのに一人で恥ずかしがっていた。お恥ずかしい話だけれども、多分、何らかの評価を受ける、いや褒められるということに飢えていたのだと思う。
 しかし、ネットの中で出会った他の作品達は自分の想像を遥かに超えていた。文字を絵にしたとしか言えないような前衛な表現、とてつもなく繊細な表現、そうした作品達に対しての批評の数々。こんな世界でボクは果たしてやっていけるのだろうか?という不安があった。いい意味でなんだか敷居の高い場違いな門を叩いてしまった、という感があった。感想だとか批評だとか、少なくともいつも自分の作品を読んでくれている先輩達の作品に感想かかなきゃ、批評書かなきゃ、等といった強迫観念もあった。そしてたまに振りかぶって投げてみたりしてみると、見事にあさっての方向について書いていたり支離滅裂になっていた。けれどもそれを怒られることはなかった。ただ『ありがとうございます』という優しい声が待っていた。
 そうすると、少しずつ勇気も沸いてきて(小心者なのです)、オフ会などのイベントにも参加するようになった。合評会だなんてキンチョーしまくり。怪しい風貌の皆様(ごめんなさい!)飲み会だとか行ってみると判らない言葉がイパーイ!今でもついていけないことがイパーイ!なんですけれども、何喋ってよいかわからなかったし、実は未だにイベントで人に声を掛けるのは苦手だったりする。でも、そんな皆さんの顔を拝めると、辛口批評も笑顔のベランメー口調に見えてしまうからあら不思議。気がつけば、色々な方々に心配してもらったり、気にかけてもらったりしたし『詩集とか作ってみれば』とも言ってもらったり。売り物の本とかも貰ったなあ…お金がなくて換えないボクに『あげます』って…情けない話だったけれども、ネットの中も現実世界の中もボクにとっては未だに大切な場所でここがなかったら多分、間違いなく今の自分はなかったろうと思う。
 ボクははっきり言って”書ける”人間じゃぁない。
 自分のレベルくらい自分がよーく知っている(笑)
 突っ込みどころ満載で、いつかは辛口批評にもまれて、床の上に涙でノの字を描いているかも知れないし、そうした経験も必要だとはわかってる。
 でも、実際にこの『現代詩フォーラム』というサイトを通して出会った笑顔や創作魂はボクにとってかけがえのない宝物だし、これからも大事にしていきたいと思う。そういう姿勢の様なものはやっぱり伝承して貰ったのかな、と感謝している。
 
 もう、ボクも若くないし、描いているレベルや知識レベル、精神構造は『ベテラン初心者』なんだけれども、そろそろ先輩住人を意識しなきゃぁならんのかなぁ(上下関係ではなく、ですよ。勿論。)と思ったりしている。その時にやっぱり自分自身がこのサイトの門を叩いたときの不安だとか、出会ったときの温かさだとかが思い出されて、果たして自分はどうなんだろう?と考えてしまう。もしも、あの温かさと出会えていなかったとしたらボクは詩を描き続けていなかっただろう。人前で朗読することの面白さも知ることがなかっただろう。そうした温かさをボクは伝承されて来た筈だし、もしかするとこれからそれを1千の個の中の一つの個として伝承していかなければならないのかもしれない。

 皆さんは、ここのサイトと出会ったときにどうでしたか?
 初めて自分の作品にコメントを寄せていただいたときにどうでしたでしょう?
 もしも温かさを感じた方は、どうかその温かさを誰かにバトンしてあげてください。
 もしも冷たさを感じてしまった方は、どうかどうすれば温かさを得られたかをバトンしてあげてください。
 
 え?
 ボクは幸せですよ。
 現代詩フォーラムと出会って幸せですよ。
 


散文(批評随筆小説等) 現代詩フォーラムというサイトとの出会い Copyright 北村 守通 2009-03-28 02:45:44
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