しあわせ
柊 恵

お父さんと、お母さんは仲良し。
それは子供にとって、かけがえのないもの。
大切な心の宝石。
ただそれだけで、しあわせ。
みんな、しあわせ…

よろこびもかなしみも分けあっていたのに、
どこで狂ったのだろう。
いくら考えても判らない。
僕らは、いつ「しあわせ」を失ったのだろう。

香澄を愛していた。
一生、大切にしようと心に誓ったのに…。
いつの頃からか、僕らの心の底には互いへの憎しみが棲みついた。

冷えた夜に、
香澄の一言が吐止め刺す。

「風俗で、済ませたら!?」

僕の中で大切な何かが壊れた。
性は、家の外に求めるべき…

 遠き日の
 さやけき夢に耳澄ませ
 あざやか香る二度と無い日々

君は愛なしで生きていけるの?
日々のわずらいに生きていけるの…
偽りの関係を保つことが愛?
君の為に僕を消滅させることが愛?…
気づいたんだ、君は僕を愛してない

君は僕にあれこれと、
身の回りのことをしてくれる、我が侭だって訊いてくれる。
けど君は解らない…、僕の心をわからない。
僕は君の望む優しい夫には、なれない。

僕の妻でいることは不安かい?
気づいたんだ、僕は君を愛してない。
自分しか愛してない。


行きずりの肌の温もりに溺れて、魂は鼓動を止め、無間の闇へと墜ちてゆく…。

荒ぶ日々の末に異変をこりて、診たてるに疾つされてあり。

君にも疾つしたと香澄に告げる。
透明な朝の光の中で、妻だけが凍った。
ミルクの白さふらり立ち上がり、手作りのお弁当、ゴミ箱に捨てた。
鷹揚のない声で
「今日は寝るまで帰ってこないで」

昼休み、外へ出た、
ポツポツと雨が落ちて、出た時は綺麗に晴れていたのに。
会社までは5分ほど。…思う間に土砂降りはらり、浴びるほどに濡れた。
天罰てきめん。
その日は何も手につかず、夢ともうつつとも、ただ怯えて。

音を殺して静まりかえった家に入る。
寝室に香澄はいない。娘の部屋だろうか。
思い浮かぶ笑い声は娘、ごめん、パパはばかだよ。もう、その笑顔、みれないのか。
しあわせは、壊れた。

ベッドに居ても、寝付けずに、思いめぐり、いや、この日々こそ悪い夢、微かに微かに、もののけの呻き、呪文のごとき響き、くりかへし、くりかへし怨念をつのらせ、しだいにしだいに、はっきりと耳に聞こゆ。
…………、
………ばかやろう
夢ともうつつとも
…ばかやろう…ばかやろう…
あれは香澄のこえ?
ばかやろう…ばかやろう…ばかやろう…
身体の震え抑えて、扉を開ける。
ばかやろう…ばかやろう…ばかやろぉう…
こぶしを握りしめ仁王立ちの香澄、憤怒の形相あをぐろく、
ばかやろぉう…ばかやろぉう…
谺する叫び

…ばかやろう!
…ばかやろう!!
…ばかやろう!!!
…ばかやろう!!!!
…ばかやろう!!!!!




散文(批評随筆小説等) しあわせ Copyright 柊 恵 2009-03-24 23:52:53
notebook Home