遺影
オイタル

祭壇の遺影の陰で
その人がまんじゅうを食べている
もぐもぐ
甘いものは好きじゃなかったんだけど
ずっと食べていなかったからねと
老いた未亡人の言葉が涙を誘う
導師の読経は熱を帯び
喪主の嗚咽は風を呼び
少しずつ闇の前へ崩れていった
そのとき祭壇の遺影の陰で
その人がひとしきりむせ返る
うろたえる目は水を探すが
あいにく手近に見つからず
そのまましばらく咳き込むと
参会者は白茶けて数珠を握りなおす
白菊は麓から祭壇の頂まで
左右に緩やかなS字カーブを描いて坂を作り
その人はゆっくりと
花の闇を上った
人々の思いもまた
ゆっくりと上ったのだが
背中を向けて指先に残った餡の粒を
綺麗に舐りとるその人の舌先は青白く
おなかがすいているんだからね
仕方がないね
おとといからずっとだよ
みんな涙にくれて
誰一人気にかけてくれないから
何しろその人は死んだのだから

祭壇の遺影の陰で
その人は小さく手をふる
遺族の前を人々は散り行き
明日のわが身に思いも致さず
しめやかな雲に覆われた空の下を
ゆるゆると横切っていく
それぞれの事情で込み合う
小さな空の下を


自由詩 遺影 Copyright オイタル 2009-03-20 07:45:55
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