此岸花の夢
松本 卓也

今日がまた過ぎていく
静かに確かにゆっくりと
たゆたう隙間も無いほどに

日常を告げる音が一つ
扉の向こうから誘ってくる
差し出される指はどれも
明日から伸びてくるばかり

もし彼岸の先に世界があれば
喜んで踏み出せるのに

枯れ果てた声をあげて
片膝をついて見上げた空の
ずっと先のほうに見えていた
蜃気楼を追いかけるのは
もう止めにしようじゃないか

幸せとか不幸せとか
何も手元に残さないまま
今をひたむきに繰り返し
過去をひたすらに振り返り

瞼に張り付いた微笑みが
奇妙なほど美しく儚いのは
決して還らないと分かっているから

視界の片隅に咲く花は
とうに見飽きてしまったけれど
捨てて行くには惜しいと思うだけの
執着が未だに残っている

此岸に佇む独り影
夜毎に目を瞑っていれば
懐かしい笑顔を思い出す

其処に何の糧が無くても
夢は現に浮かぶからこそ
浸ることができるのだから


自由詩 此岸花の夢 Copyright 松本 卓也 2009-03-01 23:46:43
notebook Home