柊 恵

青い
青い空 輝いて

こんなに綺麗な空は
もう一生 見られないかも知れない

機関車は弛く曲がって
白い煙りを高く吐く
葉っぱ達が緑に眩しかった。


僕は右手にやかん左手に枕を抱えていた。
弟は、やかんの蓋を持ってフクレてる。
これからどこへ行くのかな?


「昼間だから、夜逃げじゃなく、昼逃げだな。ハッハハハ」

一人で笑ってるお父さんを見て、眉をしかめるお母さん。
お姉ちゃんは、そっぽ向いてる。

そうか、また引越しなんだ。


長い
長い時間デッキにいて、すっかり退屈してた。
汽車の中は混んでて座るとこが無い。

いつの間にか寝ていた。
すながわに着いて、起こされた。


うんざりしてるせい?
目に映るものみんな灰色
すながわは灰色

駅から外に出る。
空も灰色

数えきれない黒い小さな粒が飛んでて、
吸い込みそうだよ。

恐くて駅舎に駆け戻る。
住めないよ。こんな街。

嫌がって暴れる僕をお父さんが持ち上げて車に押し込んだ。

車の窓から見ると、
やっぱり全部、灰色だ。
黒い粒がみんなを灰色にした街…すながわ。

きもべつに帰りたい。



新しい家は街から離れてて、灰色してなかった。
いくらか安心…。

お父さんが自転車を買ってくれた。
今日から三輪車じゃないんだ。
自転車は、とてもカッコ良くて…
それになんだか、お兄さんになった気分で、すごく嬉しかった。
でも、補助輪がついてるからエンセキから出たらダメってお母さんに言われた。

早く補助輪なしで乗れるようになりたい。


自転車は速くて
風が耳の横でビューッと鳴る
ワクワクした。

ずっとずっと走っていたら、
いつの間にか補助輪は取れて無くなった。
でも僕はエンセキから出なかった。
怖かったもの。

僕の家は五丁目の端っこにあり、いつも六丁目まで行って帰ってしてた。
七丁目には、お姉ちゃんが通っている小学校がある。


冒険したくなった。
ドキドキしながら、小学校を見に行った。
途中、すごいの見つけたよ。
消防車が たくさん止まってた。
大きくてピカピカで赤くて、いろんなのがあった。
…幸せいっぱいで帰ってきた。




次の日は、九丁目まで行った。
橋があった。


きもべつに居たころに お父さんと一緒に橋の上から夕陽を見たことを思い出した。
きれいな形の山があった。
お父さんが『よーてーざんだ』って教えてくれた。

夕焼けに照らされた お父さんが悲しそう。

「兄ちゃん、大きくなったら東大いけよ」

「トウダイ?」

歌を思い出す…

♪おいら岬の灯台守りよ
♪妻と二人で沖行く船の
♪無事を祈って…

…あんなに寂しいとこに二人きり。
いくら、好きな人と一緒でも嫌だよ。
でも、お父さんが望むなら、僕、頑張るね。
僕はお父さんが30歳の時の子だから、30歳までは お父さんの言う通りにするから…。

「お父さん、僕、灯台いくね」

「そうか、頑張れ」

すごくうれしそうなお父さん。
僕もうれしい。

きもべつ、良かったなぁ…。


九丁目は遠くて、
くたくたになって帰って来た。


すながわは、一丁目にはデパートがあり、
二丁目には お母さんが行く美容院があった。街の中は、いつも車がいて嫌だった。

三丁目の裏には、市立病院がある。
病院の中は、たくさんの声が混ざり合って、うぉんうぉん鳴り響いている。
たくさんの人達が苦しんでる。
たくさんの白い人達が飛んでる。
嫌な場所だった。

北は探検したから、今日は南に行こう。
二丁目の美容院まで行ってこよう。

車に気をつけながら四丁目を過ぎ、
ドキドキしながら三丁目の途中まで来たら、知らない男の子が一人で遊んでいた。
なんかやだな…って思ったら、その男の子が、とうせんぼしてきた。
僕よりも大きかった。
逃げようとしたら、回りこんで逃がしてくれない。
ケンカしたら僕が負ける。
男の子は恐い顔で笑っている。

逃げるのをやめた。
勇気を振り絞って言った。

「どうして意地悪するの?」

男の子は、びっくりしていた。
殴ろうとしてた手を引っ込めて言った。

「オマエ、幼稚園いってるのか!」
「まだ四歳だもん…」
「じゃ、オマエ、子分になれ!」
「子分て、なに?」

男の子は『しょうがねぇな』って顔をして言った。

「僕の おともだちになれ!」


おともだち…

そう言って男の子は照れくさそうな泣きそうな顔をした。
何だか可笑しくって

「いいよ」

男の子は すごく嬉しそうな顔をして
僕らは、おともだちになった。
男の子は一つ上で たかとしって名前だった。
僕の憧れの…幼稚園生だった。

しばらく外で遊んでたら、女の人が呼びにきた。

「たかちゃん、おうちへ入りなさい。お友達もいらっしゃい」

たかちゃんのお母さんは、すっごく若くて美人さん。いいなぁ…
一緒に ようかんを食べた。

たかちゃんは、一人っ子で少しワガママだけど、遊んでる時はとても優しい。
おもちゃを沢山もっていて羨ましかった。
壁に幼稚園服とカバンが掛けられている。

「今日は水曜日なのに幼稚園行かないの?」「ビョーキだから、お休みだよ」
たかちゃん寂しそう…

「また遊ぼうね」
「絶対に、また来いよ!」

そう約束して僕は家に帰った。
お友達ができたことが嬉しくてたまらなかった。



…次の日からのこと憶えていない。
ずっと寝たままで…起きたら一週間たってたらしい。
たかちゃん、怒ってるだろな…でも、一緒に遊びたい。
謝ったら許してくれるよね…そう思いながら、たかちゃんち行った。

たかちゃんの家は、
しん…と静まりかえっていた。
なんだか、暗くてひんやりする。

「た〜かちゃ〜ん」

大きな声で呼んでみた。
…返事が無い。

「た〜か〜ちゃ〜ん」

何度も呼んだ。


部屋の真ん中に大きな新しい黒いタンスがある。
タンスの扉が開いていて、中は金ピカ。
いろいろなものが飾ってある。

部屋の真ん中に こんなデカいの邪魔だよ…

『くすっ』と、
たかちゃんの笑い声がした。
タンスの後ろに居る。


そうか!
かくれんぼ。

家に上がろうとしたら、たかちゃんの お母さんが奥から出てきた。
病気の人みたいな感じで、元気がない。
僕と目が合うと小さな泣き声みたいな声をした。

「おばちゃん…、大丈夫?元気?」

たかちゃんのお母さんは玄関に おすわりした。

「ぼく、優しいね…」
「たかちゃんは…?」

おばちゃんは黙ったまま ゆっくりとタンスを見て…
タンスの前の台の上の小さな白い箱を見て…
…僕を見た。




「?たかちゃんは?…」

「…たかちゃんは…お星さまになったのよ」
「お星さまに?…遊びに行ったの?」

「…うん。そうね…」

また、たかちゃんの笑い声。
おばちゃん何で嘘つくの?
たかちゃんはタンスのところに居るのに。
僕は、たかちゃんと遊びたいのに…
なんで!?

「たかちゃんは、いつ帰ってくるの?」


おばちゃんは急に恐い顔になって、苦しそうに言った。

「たかちゃんは死んじゃったんだよ」

シンジャッタって何…?

部屋の どこかからピシッ、パシッって音がしてきた。

「シンジャッタら、いつ帰って来るの!?」

「たかちゃんはねぇ、帰ってこれないの!シンジャッタら帰って来れないの!!
ブツダンの前に箱が…あの中なの!!!」

おばちゃんは真っ赤になって、泣きながらタンスの前の白い箱を指差した。
あんな小さな箱になんて赤ちゃんだって入れない。
でも、おばちゃんは嘘は言ってない。

他の人には分からないみたいだけど、
僕には見える。
大人の人は嘘をつく時の一瞬だけ目に灰色の膜がかかる。
おばちゃんの目は膜っていない。

一瞬、思った。
たかちゃんの骨だけなら、白い箱に入れる。




「たかちゃんはねぇ、
…三日間くるしんで、
苦しんで、
くるしんで

…死んじゃったんだよぉぉぉぉぉ………………」

おばちゃんの声が低く長く、いつまでも残って

『うぉぉぉーん』て唸り声に変わった。

『うぉぉぉーん』

『うぉぉぉーん…』

おばちゃんの顔は黝くなり、目は真っ赤だった。


「たかちゃんはねぇ、もうボクみたいに喋ったり、歩いたり出来ないの!
それがシンジャッタってことなの!!
おいしいものも食べられないの!
一緒に笑うことも抱っこしてあげることも出来ないの!!!
ねぇ、僕は何で生きてるの!?
何で生きてるの?
たかちゃんは死んだのに…」

おばちゃん…
僕は…どうしたら いいの…

おばちゃんの膝の間から黒い小さなヘビがチョロチョロ出てきた。
一匹、
二匹…

ヘビは、どんどん太くなって…
三匹、
四匹…

チョロチョロしながら一緒になって、
真っ黒なヒトデに変わった。

「ねぇ、僕は何で生きてるの…
たかちゃんは死んだのに…
何で生きてるの…」

『ごめんなさい』って言おうとしたけど声が出ない。

おばちゃんの肩や背中からも ヘビは出始めた。




「たかちゃんは死んだのに…
何で生きてるの…」

何度も何度も繰り返す。

おばちゃんの顔は石みたいにゴツゴツした蒼いまだらで、
目がネコみたいだ。

ヘビは数え切れないくらい増えて、
身体中からチョロチョロ出ている。
周りは暗くて夜みたいだ。

おばちゃんは聞いたことのない言葉を喋べりはじめた。
どこかから話し声や笑い声や、
低い唸り声や
いろいろな音が鳴り響いて
ぐぉぉぉーーん、って轟いた。
黒いヘビヒトデはチョロチョロ動いて大きくなりながら、おばちゃんをすっぽり包み込んで…
ヒトデの白い斑点は、星になり…
黒いヒトデは、真っ暗な空になった。
おばちゃんは呟きながら宇宙に浮かんでいる。
目が金色に光っていた。
天井が溶けて、ぐにゃ〜っと落ちてきた。

ヘビが僕のつま先まで来た。

あっちへ行ったら
おしまいだ
帰って来られない…

足が動かなくて逃げられない!

心の中に 声がした。
【生き返ることは出来ないが、生まれ変わることは出来る】


「生き返ることは出来ないけど、
生まれ変わることは出来るよ!!!」


おばちゃんが「はっ」と言うと
玄関は普通の玄関に戻った。明るくなった。

「そうだね、僕…
生まれ変われるよね…
教えてくれて、ありがとう」

おばちゃん、
小さな女の子みたいな可愛らしい顔になってる。

足が動かせる。

「じゃあ、おばちゃん、僕 帰るね」
「また遊びにきてね」

二度と来たくないけど…。
「…う…ん」
「約束よ。きっと来てね」

寂しそうな顔 忘れられない。



お父さんとお母さんが話してた。

「中島さんちの子、死んだってな」
「…かわいそうに」
「ねぇ、それ、タカちゃんのこと?」

「お兄ちゃん、知ってるのか?」
「おともだちだよ。一緒に遊んで…ようかん食べた」

お父さんとお母さんは顔を見合わせた。

「だから、お兄ちゃん一週間も…」

その日にあったことを話した。
黒いヘビや、暗い空に おばちゃんが浮かんだこと…
遊びに行くって約束したこと

「行くな!!」

お父さんが怒鳴った。

「約束やぶるのは悪いことだよ」
「兄ちゃんは行きたいのか?黒いヘビに呑み込まれに。
親より先に死ぬのは、約束破るよりも悪いことだぞ。今回だけは約束を破れ」
「…」
「絶対に行くなよ!」

僕は約束を破る…ことにする。

遠くに行きたくなった。



おばちゃんとの約束が気になって、
次の日は北へ、九丁目に行った。

橋を渡るのは怖かった。
昨日の天井みたく、グニャ〜って溶けたら どうしよう。

水が ごうごうと音をたてていた…
真っ黒で汚かった。
きもべつの川は、きれいだったのに…


川を越えて十丁目
木ばかりで家が無かった。

信号を超えて11丁目…
12丁目からは歩道が無かった。
時たま通るトラックが怖い。
13丁目…これ以上行ったら帰って来れない。
死んじゃうのかも知れない…。

遠くに古い壊れた工場跡がある。
コンクリがボロボロで骸骨に見える。

【生き返ることは出来ないが、生まれ変わることは出来る】

心に聴こえた教え…。

僕は明日、五歳になる。
人は死んだら、どこへ行くのだろう。
生まれ変わるって、何だろう…
新しい場所に行くのとは違う気がする。
僕も誰かの生まれかわりなの?
思い出せない夢みたい。

家へ帰ろう。

振り返ると
青い空 少し霞んで
街は灰色の幕の中に…







散文(批評随筆小説等)Copyright 柊 恵 2009-03-01 14:14:33
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