壁に向かって僕は歌をうたっていた
草野春心
壁に向かって僕は歌をうたっていた
隣の住人は何も言ってこなかった
そして誰かが線路に飛び込んで
そして誰かが樹海で首を吊って
そして誰かが誰かを撃ち殺して
壁に向かって僕は歌をうたい続けていた
部屋の中からは一度も出たことがなかった
そして誰かがギターを弾き始め
そして誰かがステップ踏み始め
そして誰かが誰かと踊りだして
君と出会って僕はうたうのをやめた
*
怒りや憎しみや悲しみや不幸、嫉妬や
戸惑いや絶望や訃報、諦めることや
涙を流すこと、いちばん大切な人を
失うこと、まえぶれもなく、あふれて
あふれてあふれてあふれてあふれて
あふれても、人は生きてゆく。生きて
生きてゆける……
夜だって朝だって君に会いたいよ。死んだって
骨だけになったって灰になったって君に会いたいよ。
黙ってないで、言葉にして。塞いでないで、ぜんぶ
きいて。誤魔化さないで、居て。僕なら、それを
見つける。絶対見つける。白だろうが、黒だろうが、
それは光なんだから……
想いは君からこぼれ、
君を包む。想いは僕から
こぼれ、僕を包む。想いは
人からこぼれ、そう!
心をあふれ、世界を包む。
僕は、そう思う。
*
僕らに何が出来るだろう?
僕らは何処へ行けるだろう?
僕らは何を言うのだろう?
ねぇ僕らは、ねぇ僕らは……
*
壁の向こうのダンスはいつまでも終わらない
どんな暗闇の底にもその旋律は響く
どんな暗闇の底にもその旋律は響く
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春心恋歌