優しい嘘つき
前澤 薫

時がすぎれば
忘れられると
強気でそう
あなたが言うものだから
私はくる日もくる日も
何ごとも起こさず
日めくりカレンダーを
めくるように、
繰り返す朝夕を
過ごしました。

朝起きて
電車に乗って
仕事をして
ごはんを食べて
寝て。

あっという間に
同じ冬がやってきました。

階段をかけ上ると
駅のホーム。
息を吐くと
空気が
白くなりました。

赤い電車はすでに
発車してしまっていました。

となりの男の人も
乗れなくて
同じように
白い息を
吐いていました。

そう、
私たちは運がなくて
電車に乗りそびれることが
多くて、
二人してハーフーと
息をつまらせ
笑顔をつつきあわせながら
まあいいかと
つぶやきました。

そして
あなたは餅のような
ほおを私のそれに
ぺたっとくっつけました。

やはり忘れられない
のですね。

時間と空間が
一瞬でも似たような
ものになると
ふとあなたを
思い出します。

でもそれでも
次の電車に
吸いこまれて
あなたはここにいないのね
とつぶやく私。

あなたはきっと
優しい嘘つきだった
のね。


自由詩 優しい嘘つき Copyright 前澤 薫 2009-02-24 14:09:42
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