隣人
霜天

誰も知らない人が隣に住んでいる
もう十日になる、声を聞かないし聞こうとも、しない
私は猫を裏返しにしながら、誰か、がいない遠くのことを思う
もう、春だ
冬はかたちになってしまうから、駄目だ
もう春なのだ、と言い聞かせる

私は必要なのでしょうか
そう問われれば、どう答えるだろう
隣人は話さない、かたち、になってないのかもしれない
不必要なものほど擦寄ってくるものだ、と
呟いてくれた母は今日も、雑草と睨み合いをしているのだろうか
かたち、には拘らない
遠くのことを見ていたい
母も、同じ目をしているのだろうか


水が低いところへ引かれていくように
私がどこかへ溜まっていくとして
そこから掬った手のひらで
何かを綺麗に流せるでしょうか
傾けば零れるような器の上で
私は静かに、寝返りをうつ


誰にも知られないまま、隣人は家を出て行った
溶けてしまったのだ、と、納得することにした
私は庭に穴を掘って、少し切った髪を、埋める
かたちになれなかった私たちが、いつか芽生えてくれますように、と
遠くを見る、遠くのことを、思う
逃げるように、焦がれるように


自由詩 隣人 Copyright 霜天 2009-02-21 21:33:34
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