隣人
霜天
誰も知らない人が隣に住んでいる
もう十日になる、声を聞かないし聞こうとも、しない
私は猫を裏返しにしながら、誰か、がいない遠くのことを思う
もう、春だ
冬はかたちになってしまうから、駄目だ
もう春なのだ、と言い聞かせる
私は必要なのでしょうか
そう問われれば、どう答えるだろう
隣人は話さない、かたち、になってないのかもしれない
不必要なものほど擦寄ってくるものだ、と
呟いてくれた母は今日も、雑草と睨み合いをしているのだろうか
かたち、には拘らない
遠くのことを見ていたい
母も、同じ目をしているのだろうか
水が低いところへ引かれていくように
私がどこかへ溜まっていくとして
そこから掬った手のひらで
何かを綺麗に流せるでしょうか
傾けば零れるような器の上で
私は静かに、寝返りをうつ
誰にも知られないまま、隣人は家を出て行った
溶けてしまったのだ、と、納得することにした
私は庭に穴を掘って、少し切った髪を、埋める
かたちになれなかった私たちが、いつか芽生えてくれますように、と
遠くを見る、遠くのことを、思う
逃げるように、焦がれるように