私と彼
前澤 薫

突き出された尻に尻をつける。鏡を覗くと、二つの体はY字を形づくっている。太い腿と細い腿。毛に覆われた脛と白い肌が剥き出しになった脛。顔をこちらに向け、訴えるような熱い目をしている。淫靡ではなく、真剣な眼差し。太い眉が凛凛しさを強めている。仕掛けたくなる。顔を歪め、体が変化していくさまを見つめたい。灼いた肌が黄色く光っている。腹筋が均等に六つに割れ、息づいている。肌に触れる。少し驚いたように、ぴくりと動く。唇がかすかに開かれ、口元が緊張したように引っ張られている。獲物を捕らえたいような欲望が擡げる。関節を曲げ、尻に爪を立てる。そこだけが白く浮き立つ。視線が下半身に注がれていて、息をかすかに吐いているのが分かる。

私は彼の体を飛び越え、彼の正面に向き直す。睨み付ける瞳の奥に、彼の真意があるように思われる。唇に唇を重ねる。強く圧し上げるように。目をつむる。顎髭に触れ、チクチクする刺激に神経はいよいよ研ぎ澄まされる。舌を入れ、彼の舌のザラザラした感触と彼の口腔内の宇宙を感じ、自分の中の芯が固くなっていく。目を見開く。彼は目を閉じたまま。固くなった小さな乳首はコリコリしていて、そこを一舐めすると、少し溶けたような甘みと潤みが出てくる。深い窪地に入り込んだように、周りの世界は見えなくなり、彼の皮膚と感情に忠実になっていく。首を傾げ、彼の顔を見つめる。瞼と睫が震えている。乳首を前歯で軽く噛み、左右に歯を動かす。恍惚と厳しさを兼ね備えた表情。痛んだ箇所を唾液で充たす。乳首が黒く滲む。

鋭利なナイフに貫かれたような戦慄が走る。彼を凌駕したい。濃密な肌に触れれば触れる程に思いが溢れる。包み、そして剥がす感覚。傷つければ、そこを覆いたくなる感覚。その反復が鼓動となり、激しくなってくる。窪みは泥となり、底は不確かになる。泥濘を踏みしめ、彼に対峙する。

ふと涙が出てくる。驟雨のごとく、不意に。彼と私。烙印を押すように、一つ一つの行為が体の記憶となって、刻みこまれてゆく。

――私は雨がひっきりなしに降っている音を聞く。


自由詩 私と彼 Copyright 前澤 薫 2009-02-21 19:58:43
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