あの頃、僕らは
前澤 薫

坂を登ると、
公園に入る道へとつながる。

闇をつんざく白熱灯。
アスファルトが寒々しい。

コンビニで買った
カッターナイフを携えている。

あのひとたちに、
恋してもらえない自分。


ここは桜の名所。

かつて、
恋人と来たことがある。

花粉が飛んでいて、
腫れぼったい目をした
彼と歩いた。

桜のピンクと青い空、そして太陽の光が
射して、まぶしかった。


今、血の色に染っている。
樹は裸。枝は葉をつけていない。

顔に風が当たり、体を冷やす。
血が固まりそう。


セックスを思い出す。
あの快楽を思い出す。

彼は僕を貫いた後、
部屋を去った。
そして、
この時もナイフを持っていた。

貫かれた痛みの記憶。
彼は確かに抱いてくれた。

だが、ただそれだけのことだった。
ただ、僕の体が
一時いっとき欲しかっただけだったのだ。

さっきから
同じところを何回も歩いている。

闇をにらんでいる。
耳からは何の音も聞こえない。

目だけただぎょろっと
見えないものを見ている。

つばをのみこむ。
鉛を食べたような感じがする。


ベンチに座り、
カッターを取り出す。

乱暴にカッターの刃を
すべて引き出す。

右手首に刃を当て、
横にゆっくり引く。
鮮血がかすかににじむ。

一本線を引いた痛み
記憶とつながる。

涙目になる。
桜の花とホテルの光景が再び浮かぶ。

あの頃、僕らは――

血はもうこれ以上出ない。

時計を見ると四時半で
あと三十分もすれば、
始発が出る。

耳にヘッドホンをつけ、
早歩きで坂を下っていった。


自由詩 あの頃、僕らは Copyright 前澤 薫 2009-02-20 16:16:27
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