リッツ
カンチェルスキス




 




 生身の夜だ
 おれは背中のニキビをつぶす
 コンビニで二時間過ごせるあの女を手放した
 ひどいいびきをかくくせに脚はきれいだった
 といってもおれはそんなに脚に目がないってわけじゃない
 みんなといるときはおれをからかい
 一人でいるときおれの話に頷いた
 椅子から立ち上がるしぐさは
 まるで太陽の移動のようだった
 パッと閃いて
 冷静さが信条のおれも
 そのときだけは細胞を総動員させて
 動揺した
 おれを見た目以上にナイーブにさせた
 



 繰り返し思い出すのは
 脚を開いたときの腿の内側の白さだ
 そこに頬をつけてから
 おまえの言うとおりに湿らせた
 激しい心電図のリズムで
 死に向かいつつある砂粒のような時間を
 一つずつ拾い集めていった
 とにかく
 誰にでもあるものが
 おまえにもあったけど
 そしておれも誰にでもあるものしかなかったけど
 誰にもないものを一瞬で創造することができた
 そしてそれは一瞬で消えた
 消えればまたつくろうとする
 そうしておれたちは何とか
 つながっていた



 
 観覧車が回り
 日曜日の午後も晴れていて
 はしゃいでる人びとが
 死人のようにしか見えなかった
 絶叫マシンで叫んでる人の声にも
 何かの感情を見出すことはできなかった
 おれが死んでるのか
 あいつらが死んでるのか
 おれがそう言うとおまえは言った
 観覧車のてっぺんから下に降りるまで
 セックスしていよう
 真剣な顔で言うので
 笑い出したのは
 おれのほうだった
 
 


 生身の夜だ
 エアコンの単純さにも飽きて
 この部屋は蒸し暑い
 カーテンをめくる風も何の役にも立たない
 蛍光灯の光だけが清々しくて
 けれども
 腕には汗が滲んで
 爬虫類の皮膚のように光る
 Tシャツをめくって
 おれは背中のニキビをつぶす
 静寂に耐え切れなくなって
 手先がきれいで器用な青年が
 白い布張りの壁に向かって
 死にたいなんてつぶやいてしまいそうな夜だ
 



 おれはあの女を手放した
 けれども
 向こうのほうでは
 違うことを言ってるんだろう




 ニキビをつぶしたときの痛みに
 快感がまじる
 なかなか車庫入れが成功しない軽自動車のエンジン音が
 まとわりつくように
 響いてる




 風もやんで静止したカーテンの向こう
 空の青は完全に消えて
 ナビスコ・リッツの食い過ぎで
 おれは晩飯を食う気になれなかった






 


自由詩 リッツ Copyright カンチェルスキス 2004-08-18 19:55:41
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