呆日
ヨルノテガム







助手の綾瀬クンの横を通り過ぎると
イチゴの匂いがする、するよ と言ってやると
今朝沢山食べてきましたからと素気なく答える
へえと言う間に うっ嘘ですよ―っと元気に
イチゴの入ったビニール袋を持ち上げて指差した
季節ですからネ 甘いんですよ―っと薦めながら
手渡してくれる イチゴだねぇと言うと
粒が大きいんですよ―っと自慢げにした

その日の昼、ようやくウトウト睡眠をとっていると
近頃行ってない競輪の夢を見る
9車スタート位置に並んだ選手の真ん中、5番車だけが
イチゴ人間なのであった イチゴに手足が生え平然と
周回を重ね見事1着をさらっていく
捲りも差しも番手戦も器用にこなし、次も、次のレースでも
5番車のイチゴ選手が勝ち上がるのだった
明日の決勝はイチゴばかりが並ぶことになるなァと
さらに予想もつかない展開に頭を抱え込んでいる、と。

先生、今日する仕事終わったんで失礼しま―すと
綾瀬クンの声と顔がする あ、そう キミもせっかく
持ってきたイチゴ食べてったらどうだい?
一応声をかけてみると、イチゴなんて持って来てませんよ、
何、寝ぼけてるんですか、わたし、こう見えて酒飲みなんですから
それよりウニ瓶と塩辛の瓶詰め要らないなら貰って帰りますよ、
ネ、アリガトウ と遥か夕日を待たずにスタコラ帰ってしまった
徹夜明けの日が暮れる今日は夜も眠れるんだと思うと
どこからが夢で どこからが願望なのかわからなく
空気を切って回る車輪の音が耳元で幾重にも通り過ぎて
終わらない寝返りを誘った





ハハハ、そんなことがあったんですか―っ、それで イチ・ゴ
ゴ・イチ(1、5)(5、1)の車券は買ってみたんですね、
ああ やっぱりネェ、人生そんな甘くないですもんね―っ、あっ、
でもね、先生、アタシもおかしなことがあったんですよ―っ、
仕事が夜遅くまであって御馳走していただいた、そう
あの日の帰り。 ここの坂を下って、下りきった突き当たりを
曲がろうとしたら

――この辺りでヨルノさんという物書きの先生のお宅知りませんか

って呼び止められたんです ああ、それならよく知ってます
よく知ってます 坂を上がって門灯がいちばん明るく光っている
所ですよ、ほら、と指差して
ありがとう どういたしまして いやいや御苦労様です なんて
すれ違ったんですけど十メートルぐらい行ったところで
アレ何か 変テコなコト ダッタなとようやく後ろが気になり
出したんです というのも暗がりに薄茶模様の入った白猫が
二匹縦並びにこちらを向いて話しかけてきたからです!
それも全く色形が同じであまりに自然な感じだったので
早く家に帰ろうとばかり急いでいたし・・・・はは―ん、綾瀬クン
さては酔っていたなァ、久しぶりに飲んだから回ったんだろう
アチャチャ すみません、先生。
それでその猫はボクに何の用事があるって言ってたんだい?
ええと 何でしたっけ、はなしのネタにするとか
ネタにしてもらうとか二匹でゴニョゴニョしてましたけど。
そんな猫、まだ見てないけどね
もうそろそろやってくるんじゃないですかネェ、





黒豆崎くん、納豆谷さん、玉子坂くん、
イ・ベリコブータンさん、白菜口くん、栗粟 稗子、
味噌山くん、甘酒口さん、拉麺谷さん、山芋田くん、

綾瀬クンの口から毎日数人づつ
ボクへの訪問者のはなしが次々と並べられてゆく
その都度、買い置きしていた地味な食材たちは
ビンボーな綾瀬クンに持って帰られることになる

どんな料理を作って食べるのだろう
と思いながら
黒豆崎くんはプリンとめでたい人だ とか
山芋田くんと納豆谷さんはネバネバしている関係なの とかの
話に耳を傾けている









自由詩 呆日 Copyright ヨルノテガム 2009-02-13 01:23:34
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