物語
小川 葉

 
あれから五十年
と語りだす
老人の話を聞いてると
なぜだかとても
うらやましい気がした

話はみな
そうであると思うしかなくて
そうであるように
僕のこれからの年月も
そのようなものであるのかと
思えばなおのこと

僕はまだ
五十年を生きていない
それなのに
この老人には
五十年という年月を
これから費やしていくために
費やしてきた年月さえ
少なからずもあったのだ
少年時代という名の

誰もが過ごしてきた
その場所に
立ち止まることができたとしても
やがて戻ることのできない
場所になってゆく

僕は老人の話を聞く
言葉にすれば
すべてが本当のことになる
疑いのない事実になりえるのだと
信じて疑わない

けれども僕は
あれから二十年
とその老人に比べたら
少ないばかりの人生を語りだし
まるで僕ではないように語る
もう一人の自分がいる

いわんや五十年
いろいろのものが脚色されていて
けれども僕は
その老人の真実を知らないので
そうであると思うしかない
そんな世界に今
僕等も生きているのだと思う
 


自由詩 物語 Copyright 小川 葉 2009-02-07 21:46:33
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