さようなら図書館
小池房枝

同じ図書館は二つとないね
どの図書館も違う

引っ越したあとも使っていた
利用者カードの期限が来て
今度は更新できない

一度別れてしまった恋人の手や髪や唇には
二度と触れられないように
いつでもまた来られるけど
もう
借りることは出来ない

喫茶室のコーヒーとアップルパイ
ガヴァガイ問答をした司書さん
謎のヤングアダルトコーナー
小さいひとたち用のイスとテーブル

冬には日差しが深くさしこみ
大人たちは街での振る舞いそのものを持ち込み
それでも
たいていはいつも
活気を秘めた静かさを湛えていた図書館

今でも
こんなにも明るく思い出せる
ひとつひとつの本たちの在り処

「世界は一冊の本」なのだと
日の光り、星の瞬き、鳥の声
川の音だって
本なのだからと
長田弘は言っていたけど

だからこそ
一冊一冊の本もまた
日の光りで
星の瞬きで
鳥の声で川の音だったのに

街も、数字も、数式のようなものも
人生も宇宙も
全てを
大きく深く擁して
世界そのものだった図書館

さようなら図書館
わたしは新しい恋人を探す

同じ図書館は二つとないことをもう
思い知らされはしたけれど

図書館ひとつでさえ
去らねばならぬとなればこんなにせつない
家や土地や国を追われたひとびとは
どんなにかと思う


自由詩 さようなら図書館 Copyright 小池房枝 2009-01-29 23:33:04
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