次第のひと
恋月 ぴの
殺風景なガラス張りの待合室に覚える
独特な曖昧さを避けてみるのも一興と敢えて
乾いた風の吹き抜けるホームに佇んでみた
乗ろうとして乗らなかった準特急の走り去った先には
見覚えのある古い建物の姿
あの建物の1階にはシューベルトの流れる純喫茶があって
陶磁器製のミルクピッチャーを持ったまま
あのひとの横顔を懐かしむ私が居た
何故私は乗らなかったのだろう
朝方の通勤電車のように混んでいたわけでは無いし
上手くすれば次の駅で座れたかも知れない
座ることに固執しなければならない程疲れているのだろうか
それとも慣れぬ仕事に途惑う心根は
忙しく流れ去る車窓に耐え切れなくなったのか
時計を気にしながらワイシャツの襟を立て
荒っぽい仕草でネクタイを巻く
男のひとなら誰でもそうするものだと思っていた
それなのにあのひとは
過ぎ去る時間を惜しむかのようにゆっくりネクタイを巻くと
わたしの膝頭へそっと手を置いてくれた
ガラス張りの待合室には老婆がひとり
所在無げに座っている
臙脂色のストールを肩に掛けていた
頭上で行き先表示がトランプのカードでも捲るかのように動き
まもなく各駅停車の到着を知らせた
そう今の私には
秩父巡礼の札所をひとつひとつと巡るかのような
昼下がりの各駅停車こそ似つかわしいと言うべきなのだろう
ホームを滑り出した車窓から待合室を見やれば
誰かさんに良く似た老婆がひとり
臙脂色のストールに付いた毛玉のひとつひとつ毟っていた