海に還った祖母に捧ぐ
服部 剛
「 いってきます 」
顔を覆う白い布を手に取り
もう瞳を開くことのない
祖母のきれいな顔に
一言を告げてから
玄関のドアを開き
七里ヶ浜へと続く
散歩日和の道を歩く
海を見渡す丘の上
世話になった老人ホームの庭に
マリア像が立っており
思わず立ち止まり
そっと両手を合わせる
眼下に広がる海に群る
サーファー達の黒影が
煌く波の上に踊る正午
不思議な力に背中を押されながら
丘から海へと続く
墓石の間の石段を踏みしめ
下りてゆく
( すべての草花は
( 在りし日の明るい祖母の面影で
( さやかに笑いかけていた・・・
海岸線沿いの
江ノ電・鎌倉高校前駅で
賑わう高校生等を通り過ぎ
ホームの自動販売機で買った
ペットボトルの「ほっとレモン」は
不思議なほどに
この両手に暖かく
横断歩道を渡り
浜辺の波打際を歩く
耳に入れたイヤフォンから
ジャクソン・ブラウンの
「Late for the Sky」
を聴きながら
腰を下ろして
仰向けに寝転び
澄みわたる空から
降りそそぐ
日射しを全身に浴びれば
いつか見た映画で
一人旅に出て
車を運転する青年が
祖母の遺骨の粉を窓から
風に手放した
あのシーンが蘇る
半身麻痺になってからも
歩き続けた深夜の冷たい廊下で転び
口から血を流しながら
「痛いよ・・・」と
うつ伏せていた祖母よ
最後に我家を去る入院前に
BensCafeの詩の夜へと
出かける僕に布団から
いつまでも手を振っていた祖母よ
若き日のあなたが困難にも負けず
女手一つで子供等のいのちを繋いでくれたから
七里ヶ浜の風の息吹を吸いこむ僕のいのちの鼓動は
潮騒の間に間に今も脈打つ・・・
遠い夜にあなたが暗闇の淵から
「挫けてなるものか」と独り叫んだ声を
何処からか
浜辺の風が運び来る・・・
時に俯く友の顔を
太陽の笑顔で照らし
哀しい瞳に灯をともした
明るい祖母の面影を胸に
目の前に広がる海の前で
独り立つ僕は
頬を伝う涙を、拭いた。