カワグチタケシ

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その声はとても高いところから来た
雲より発し、雨滴とともに地上へ降りてくる
その声にすこし遅れて雲が降りてくる
山肌を滑り降り、谷間を霧で充たす

立ちならぶ鉄塔が山肌を刺繍する
鉄塔と鉄塔のあいだにたわんだ電流が走り
渓谷のはるか頭上で生活をつなぐ
鐘の音が夕刻を告げ、人々は灯りを点す

天気雨、西の空をななめに横切る陽光に
照らされて雨滴は七色に光る
常に高いところから低いところへと落ち流れる
その一瞬を、われわれは虹と呼ぶ

真夏の正午、真上から陽に照らされて
足を浸す冷たい流れが爪先を無感覚にしていく

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ニューヨークを出たのは夜明けまえ
銀色のダッジでハイウェイを南へ
二時間で街は尽き
タンブルウィードと併走する沙漠へ

ラジオからはモノラルのクリフォード・ブラウン
助手席の楊がApril in Parisをくちずさむ
ここはパリじゃないし、いまは四月じゃない
真夏のニュージャージーは午前九時

バーガーキング、先住民居留区、油田
空軍基地に音速の殺戮機械
ダイナー、交通標識、ソーダファウンテン

ディスカバリー号の曳く煙幕と爆音
震動、サブウーファ、突然の雨
色の足りない虹、フロリダ

***
不意に雲が裂ける、そこを見下ろせ
驟雨が湖面を叩く
小さな動物たちが巣穴に逃げ込み
人間の施設を砲弾が叩く

太陽を背に北北東に急旋回
大地には風にはためくたくさんの小さな旗
雲をすり抜けて雨の中へ降下する
コクピットガラスを雨が叩く

競技会オリンピックが始まった日に戦争が始まった
そのちがいはいったいなんだろう
競う、争う、目的、戦術、記録、勝敗

レオナ・ルイスが歌う、胸いっぱいの愛を
北京からロンドンへ旗は手渡される
虹。ラサに、コドリ渓谷に、



自由詩Copyright カワグチタケシ 2009-01-24 02:13:44
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