名前の無い少女
光井 新

 明日の朝一のサプライズを準備していたら遅くなってしまった。その甲斐もあって机の中の仕込みはばっちりだ、驚く顔が目に浮かぶ。
 教室を出ると、職員室の方に先生達の気配がある位で、校内にはもう殆ど人が居ない事に気が付く。僕も急いで帰らなければと、廊下を駆け抜け、下駄箱を三段跳び。

 勢い良く外に飛び出した所で、空からノートが降ってきた。真っ黒なノートで、表紙には『デスノート』と書いてあった。恐る恐る中をチラッと見れば、そこにはクラスメート全員の名前がびっしりと敷き詰められていた、おそらく、このノートの持ち主であろう一人を除いて。
 ノートが降ってきた方向を見上げるとその先にある屋上で、案の定、名前の無い一人の少女を見つけた。沈み掛けの太陽を背に、柵の外側に立ち、泣きながら震えている。飛び降りようとしているが、怖くて飛び降りる事ができない、そんな感じだ。

 僕は校舎の中に戻り、必死に階段を駆け上った。
 しかし僕が屋上にたどり着いた時、そこに少女の姿はもう見えなかった。
 綺麗に揃えられた靴が取り残された、少女の立っていた場所。その周りには色々なものが散らばっていた。携帯電話や財布、死を決意してから飛び降りるまでの間、発狂していた時にポケットから飛び出した物だろう。

 携帯電話には、見るからに手作りのストラップが付いていた。押し花を貼り付けた札がラミネート加工された物だ。見覚えのあるその花は、いつの日か僕が渡した小さな白い菊の花だった。こんな物をいつまでも大切にしていたなんて、しかも常に持ち歩いていたなんて。
 少女の気持ちを理解できずに怖くなった僕はとりあえず、手元にあるノートをちゃんと調べて、自分の名前を確認してみる事にした。自殺の動機として、名指しされた遺書でも残されていたら大変だというのもある。丁寧に探すつもりだったが僕の名前はすぐに見付かった。一人だけ、名前の上に二重線が引いてあった。

 下を見ると、先生達が少女の死体を取り囲んでいた。僕はそこに、ストラップを携帯電話から引きちぎって投げ落とした。
 ひらひらと落ちていく薄っぺらな菊の花を追いかけて、僕の涙が零れた。

 下のざわめきの中から少女の名前を拾い上げ、僕は少女の名前をやっと思い出した。
 その名前を僕は一生忘れない。

 次の日の朝、教室に入ると、机がもう片されている事に驚いた。


自由詩 名前の無い少女 Copyright 光井 新 2009-01-23 16:40:21
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