夢のなか
アンテ


                  「メリーゴーラウンド」 3

  夢のなか

夢のなかにいると判っているのに
夢から覚めることができない
くらいつまらないものはない
小説や映画なら
自分の頬をつねれば覚めるけれど
薬の効き目はそんなもので切れるわけがないのに
それでも無駄な試みをする

意識が途絶えることについては
ぼくはちょっとした権威だ
多い時には一週間に数回
腕や胸の血管から薬が投与されて
スイッチが切れて
何日か後にまたスイッチが入る
途絶えるときはいきなり無に突入するのに
覚める時はかならず
無と現実のあいだに夢の段階が入る
きっと失われた時間を夢で補っているのだ
というのが彼女の理論で
夢のなかではやけに時間の流れが早いのも
うまく説明がつく

学校にいる時間が
ぜんぶ夢ならいいのに
彼女がそう言ったのはとても強い雨の日だった
雨粒が地面にぶつかる音が
どうしてもうまくイメージできないんだ
本当はそう言いかったのに
出てきたのは違う言葉だった
学校の先生も授業中そんな話をするの
彼女はとつぜん笑いだして
いつまでも止まらなくなった

学校に行けないぼくのために
彼女は毎週五日
夕方から授業をしてくれる
さすがに体育や工作の時間はないけれど
テストだってあるし
絵の道具を持ち込んできた時には参った
もちろん と
付け加えて彼女はひとさし指を立てる
居眠りや内職をするのはようくんの権利よ
ただしバレなければね
教室のいちばん前の席で寝る奴なんていない
って反論したら莫迦にされた
要領次第なのだそうだ

要領
キライな言葉だ

夢がようやく途絶えて
瞼を押し開ける力が回復する
いつもの白い天井ではなくて
肌色と深い茶色が目に入る
それはゆっくりと遠ざかって
モザイククイズみたいに鮮明になって
彼女の輪郭ができあがる
ごめんね
の形に彼女の唇が動く
なぜそんなことを言うんだろう
わからなくて
手に力が入らなくて
思わず顔をそむけてから
理由がないことに気づいて
でも それきり
彼女の方を見られなくなってしまう
離れる気配
ぜんぜんまったく
意識が途絶えることの権威なんかじゃない
信じられない
ドアが開く気配
彼女がいなくなる気配
ドアが閉まる気配
身体から力が抜ける
信じられない

薬なんかのせいにするんだ
ぼくは

拳をにぎりしめて
振り返ると
彼女がちょこんと座っていて

甘い甘い

とおでこを指ではじかれた

意識を失うのは
イヤなことばかりじゃない
だなんて
本物の権威みたいだ
今日は何曜日だろう
失われたのは何日だろうか

学校にいる時間が
ぜんぶ夢ならいいのに
だなんて
どうして彼女はそう思うのだろう


                 連詩「メリーゴーラウンド」 3





自由詩 夢のなか Copyright アンテ 2004-08-13 22:17:35
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メリーゴーラウンド