幻ノ花 
服部 剛

「目線を一歩ずらした所に、詩はあると思います」 

何年も前の合評会で 
今は亡き講師のMさんは 
僕に云った 

仕事帰りの夜道を 
車のライトで照らしながら辿り着いた 
深夜の飲食店で遅い夕餉を終えた僕は 
独り頬杖をついて 
もの思う人 
のふりをする 

「目線を一歩ずらした所に、幸せはあると思います」 

あの頃より 
少しばかり 
白髪の混じった僕は 
向かいの空席に 
そんな返答をする 

世の中という野原に 
いろとりどりの花々は唄いながら 
身を揺らし 
誰かに摘まれる日を 
何も言わずに待っている 

丘の上の青年は 
いずれの花も美しく 
膝を抱えて眺めるばかり 

ふいに頭上を往き過ぎる 
紋白蝶の誘いに 
丘の下まで下りてゆき 
両手を伸ばせば 
花々は ふっ と姿を消してしまう 

Mさん、今でも僕は 
一体何が本当の美しさなのか 
観える視力がありません 

若い頃直向ひたむきに 
探し求めた 
いくつかの夢は 
何処か遠い駅舎に 
置いてきました   

深夜の飲食店の片隅で 
独り頬杖をついて 
もの思う人の 
ふりをする 
僕の向かいの空席に 

幻の花が一輪、咲いています。 








自由詩 幻ノ花  Copyright 服部 剛 2009-01-14 02:24:36
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