狂えないというゴキゲンな現象の中で俺は歯ぎしりをする、そしてそれはお前だって同じだ
ホロウ・シカエルボク






お前の奥底で悲鳴を上げたおぞましい感覚の吹きだまり、沸き立つマイナスの腐臭を浴びながら幾時間が過ぎただろう…お前は歯の裏にこびりついた、些細な食物のかすのことばかり気にしてすべてのことに気付けなかった、動脈を彷徨う血液の赤味が変色して…お前の細胞は暗闇のような空気を孕んで無様にひび割れた、秘密裏に執り行われる不具者の葬列だ、棺を担いだ小さな一群がゴルゴダに届かない陳腐な丘を目指すとき、陰鬱な明け方を描く空には降る気の無い雨を含んだ雷雲がある…もはや未来を見ることに疲れた予言者がそいつに語りかける、含まれたままの水の気持を…雷雲は己が身体の切れ目を歯を剥いて笑う悪魔のように見せつけながらそれを知ることの意味を問うのだ、知りすぎて疲弊した予言者の、錆びたブリキのような色をしたその脳髄に…予言者は打ちひしがれてそれきり自分の爪先以外の景色を目に留めることは無かった…意味を失った彼の機能のすべては新しい年が来る前にすべて停止するだろう
棺を担ぐ教会の使用人は肩に食い込むそれの感触に違和感を覚える、単純な重みではないものが彼らの感覚を袋小路に向かわせるのだ、その日死んだものは当り前の生命など所有してはいなかった、迎えられたり送られたりするような、そんな…当たり前の生命など…言っただろう?秘密裏に執り行われる不具者の葬列だって…使用人たちは死体について深く知らされることは無い、深く知ってしまうと担げなくなることもあるかもしれないからだ、家族は往々にして年老いていて、誰も新しい苦しみなど持とうとはしたがらない、使用人たちのわずかに陥没したどちらか一方の肩は、しいて言えば彼らが宿命的に引き受けてきたもののいびつさの象徴なのだ、喉を鳴らす猫のように雷が鳴り始める、暗い明け方に始まるものはすべてが報われない…排水溝へ流れ込んでいく黒ずんだ水の流れのようだ…(おかしいのだ)、長い長い時間をそうして生きてきた担ぎ屋たちはおいそれとは堪えられない違和感に耐えながら歩みを進め続ける、もしも彼らに今よりもほんの少し、神に仕える身であるとの自覚が足りなかったとしたら、彼らは葬列を外れて茂みの向こうに身を隠し、棺の釘を引き抜いてその中に潜むおぞましいものの容姿を目にしたことだろう
お前の感覚の奥底で悲鳴を上げたおぞましい感覚の吹きだまり、葬列の足音が報われぬテーブルの冷えた飲み物をわずかに振動させるとき、お前はそれが本当にその身に起こっている事柄なのだと悟る、気も狂わんほどの感覚…本当に怖いのは狂えないことなのだとお前ははっきりと悟る、脳天から肛門までを鮮烈な雷に貫かれたかのように、両の手のひらで身体を支え、お前はめまいを夢のようなものだと感じることに努める…狂えないのならば距離を置くより他に手は無い、お前はすぐにそんな方向に結論を求めてしまう…汚れた身体に食い込む腐臭の真実の状態はなんだ、お前はそれが何なのか本当に判らないとでも…?葬列の足跡はひと足ごとに組織を傷つけてゆくような気がする、お前はそれが何なのか本当に判らないとでも…?人は生きながら死に絶えることが出来るのだ、眼を開き、確かに呼吸を続けていても…もうそれ以上無いという瞬間を認めてしまったら、そのまま…永らえる死はそのほかのどのような悪しきものよりも始末が悪い…何故ならばそれはどんな論理をもってしてもその死そのものについて認めさせることが出来ないからだ
陳腐な丘の上に葬列は辿り着く、牧師は神と死者の為の言葉を読み上げる、だけどそれが何処にも届くことが無いことは彼にだけは判っていて、そのことが彼の喉を息苦しくさせるのだ、私はいったい何の為に祈ってきたというのだろう…?牧師の悲しみを使用人たちは感じることが出来るが、それが自分たちが担いできた不具のせいだということには気付けない、棺を肩から下ろした時点で彼らの役目は終わっているのだ…なぜなら彼らは祈りの言葉を唱えることがないからだ…雷は鳴り響く、湿った黒い土を中空へ跳ね上げようと目論んでいるみたいに…葬送は終わり、躯だけがそこには残る、牧師は己の無力を終わることなく悔やんでいる…使用人たちはそんな牧師の為にどのような夕食を用意すればいいのか考えている、さて!テーブルに置いたお前の両手はすべての振動を阻止することが出来たのか?不具者の葬式は終わった、お前の中のいびつなものはそのことによって報われることが出来たか?お前の有意義な生は無意味な永らえる死を押さえつけ、お前の脳髄に留まる事が出来たか?これはお伽噺では無い、悪趣味な寝物語のような、ここに現存するものと果てしなくかけ離れたものではない、葬列の足跡はどこのどんな奴の心底にもあって、いつかの永い時に向かってその歩みを続けている…現に俺の中にもあるのだ、永らえる死に向かうように、陰鬱な空の下ゆっくりと歩み続ける一団の葬列が…俺が永らえるか死に絶えるか、あるいはここで新しい生命の一片でも手にすることが出来るか、それはまた別の問題だ、では、ごきげんよう!










自由詩 狂えないというゴキゲンな現象の中で俺は歯ぎしりをする、そしてそれはお前だって同じだ Copyright ホロウ・シカエルボク 2008-12-31 17:22:24
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