夏子のダウンジャケット
サトタロ
夏子が中学生だったとき
気になっていた同級生の男の子と
二人きりで映画を見に行くことになった
男の子が誘ってくれたのだ
そのころダウンジャケットがとても流行っていて
夏子もダウンジャケットを着ていきたいと思った
ただダウンジャケットは当時高価で
若者によるダウンジャケット狩りが問題となっているほどで
(余談ではあるがしばらくしてからは逆ダウンジャケット狩りが問題になった)
中学生夏子の手の届くものではなかった
母親に一応ねだってはみたものの
返答は夏子の予想通りで
洗い物をする母の後ろ姿が
ちかちかと明滅する蛍光灯に照らし出されていた
「デート」を明日に控えて
夏子はいやに冷静に床に就いた
せっかくの時にダウンジャケット狩りにあったら嫌だし
そんなことを考えている間に眠りに落ちた
目が覚めると枕元に
ダウンジャケットが置かれていた
夏子は一瞬当惑してから
予想外のできごとに喜びを爆発させた
お母さん!
ダウンジャケットを抱き締めて
その抱き心地に胸を躍らせた
はたしてダウンジャケットを着た夏子は
鼻歌でも歌いだしそうなほど上機嫌で
生来の器量の良さもあり
待ち合わせの最中に人目を集めていた
約束の待ち合わせ場所に二時間はいただろうか
彼は現れず
一週間後には担任の口から
かの日に家を出てから消息不明であることが告げられた
夏子は
約束をすっぽかされたと意気消沈して家に戻り
ダウンジャケットをハンガーに引っ掛けた時
背中側の裾部分に
血が付いているのを見た
母親の料理の味付けが変わったのか
夏子の味覚が変わったのか はっきりしないが
ダウンジャケットの左のポケットに
彼が好きだと言っていた味付き玉子が入っていたのを
夏子は今でも覚えている