巴旦杏洋菓子
木屋 亞万

アーモンドチョコレートを一粒
光沢のある爪先ほどの球体
歯が食い込んでいく表層、とろけて
わずかに硬いアーモンドは
乾いているのでカリッと割れる
砕けた粒が乾燥地帯の匂いを呼んで
アーモンドの縞々の表皮の一部が
舌に絡みつきながら、奥歯に砕かれていく

その間にもチョコは解け続け
濃厚で甘い粘液となって
頬の裏を艶めかしく攻めてくる
そのしつこさを淡白に流してしまいたくなり
一杯の蛋白な牛乳を口に含んでしまう
くせのある乳臭い草原が
乾燥を孕んだ熱帯雨林を洗い去る

途端にチョコのしつこさと
アーモンドの乾きが恋しくなって
もう一粒を求めて
赤い箱をスライドし中の紙をめくる
底のぼこぼこした感触の中で
最後の一つとめぐり合う

乾いた種を思い切りかみ締めたとき
口はいつも湿潤であることに気付いた
空の牛乳パックが誰もいないのにパタンと倒れた
本当はあの人の中指を食べたいのだと
パックの中で暴れる自分は言う

あの人が作り出す腕と脇の隙間は
山間部の朝靄のような透明感をシャツに与え
背骨の頂、首の付け根の突起や、胸の上部に広がる鎖骨は
どのカルデラ、クレーターよりも美しい
横顔の前髪、目、睫毛、鼻、唇、顎のラインは
どの花のおしべ、めしべ、花びらよりも可憐で
閉じていく花弁を覗き込むように
あなたにキスがしたいのだと言う

私はそのパックをリサイクルするべく
切り開いた後、水で牛乳を洗い流して
窓際に広げて置いておく
明くる朝、陽光を浴びた乳臭さの残る紙は
私の生まれたての精神を刺激する
今日もチョコレートを買い
食べるためだけに
歯を磨き、服を着て、家を出る


自由詩 巴旦杏洋菓子 Copyright 木屋 亞万 2008-12-02 22:53:22
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