フライング
岡村明子
夕方と夜の境目
湖畔の輪郭が紫色に曖昧になったころ
湖に身を乗り出し水平に手を伸ばすと
足元に流れ寄る無数の細かな波が
浮力となって
まるで
湖の上を滑らかに飛んでいるかのような気分になる
曖昧な対岸の風景に近づくように
けして辿り着きはしないが
この不思議な飛行感覚をはじめて知った十六のころ
私は視界を湖だけにして
目の感覚だけで
飛ぶことすらできたのだ
波と私の相対速度がもたらす錯覚であると知りながらも
すべてが
闇に紛れ
波の音しか聞こえなくなっても
まだ手を伸ばし
皮膚に風を感じながら
飛ぶことができたのだ
このとき
飛ぶということは
委ねるということだった
すべてを任せた上で
目は
前を向いていればよかった
いつかは
対岸に届くかもしれないと
心のどこかで信じながら