ここに魚を
オイタル

天井から
夜が下りてくる
お父さんは四十年生きて
長かったなあと思う?
布団の中の息子が
息継ぎに顔を出す
しみじみする口のまるい形
「ささやかなこの人生」とつばを飛ばしてナカジマは歌い
ぼくは寝返りを打って布団に足を突っ込む
四十年を か?
あらためて聞き返すぼくの耳に
返事はなく
三メートル四方の暗い水槽の四隅に
寝息がただよう

あちらに五年
こちらに十年
浮遊する四十年を
思いとどまって耳をそばだてれば
静かに息を整える魚
ひれを揺らし
行きつ戻りつする


今朝 水槽の水を取り替えて
玄関先にも水を撒き
杉の木の天辺からカラスが
音を立てて屋根へと渡るのを見ていた
今日 魚のために
だれかが泣けばいい
そう思って
口の中で言ってみた

ここに魚を住まわせよう
晴れた日には
小さなひよこを二羽
聞き分けのない山羊を一頭
物干し竿に白く細くタオルを結んで
水槽の砂利を両の指でいつまでも洗おう
四十年を天日に乾かす傍らに
うなだれる葉鶏頭を
咲かせて

ここに魚を住まわせよう
四角い闇の界隈に
胸元のあたりの
とがったひれや
しゃくれた下あご
色とりどりの魚の形を
思ってみなさい

夜は部屋中に滲んでいる
さびしがる僕の両手の
指と指のすき間にも
小さな魚を
住まわせようと思う


自由詩 ここに魚を Copyright オイタル 2008-11-29 01:00:38
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