卵百景
錯春

頭上に無数の血管が走っている
赤と紫色と灰色の線が網目状の影をアスファルトに落とす
空は脈打つ彩りに覆われていくつにも分断され
そのどれかひとつすら私のものではない

都会は大きな卵型をしている
5年前上京したばかりの頃は驚いたりもしたが
今はそんなことよりも気にすることが出来たので
そんなには気にならなくなった
私たちは忙しい
誰かが今日もどこかで
意識的に鈍感であろうとしている

冷めたトーストを齧りながら
仮病で小学校を休んだあの子
ママは目一杯の愛を置き去りにして
仕事にいってしまった


孵化しかけのガチョウの卵を
蒸して食べる料理がある
私は上野の地下商店街でソレを見かけた
殻を剥くと
内側には無数の血管と翼の生えた胎児が眠っていた
血管は都会の空を覆うソレと同じで
ちいさなジオラマを見ている気分になった

俺も若い頃ぁそういうふうに思ってたこともあるさ
皆そういうんだよ
田舎もんの方が空模様に敏感らしい
と、店主


ひび割れた窓のごとく
赤い亀裂の走る空の中で
私たちは
決して訪れることが無いであろう
黄身まみれの羽根が乾くことを夢見て
ひざを抱え、ぢっとしている

寒々しい片田舎では
ブラウン管に映る都会は天国のようでした

天国は夢と希望と挫折がいっぱい
天国は怠惰と苦痛と笑顔がいっぱい
君が欲しがる身の丈に合った感傷も
あの子がねだった凶暴な接吻も
天国はなんでも揃う

天国は退屈がいっぱい


都会は大きな卵型をしている
その殻を撫でに端に行ってみたいけれど
なんとなく気兼ねして
訪れたことは無い
帰省するとき
東北新幹線に乗りトンネルを10個抜けると
いつの間にか空は再び融合して
土下座したくなるくらい蒼く寝転がった

こたつに入りアンコウ鍋をつつきながら
ニュースに映る都会の空を見る
やっぱり血管が脈打っていて
死なない為に必死で躍動しているようにも思えた

都会の空の中は
冷たくてうら淋しくて
私たちは羽根を濡らした雛鳥
未だに愛を
愛することを知らない


自由詩 卵百景 Copyright 錯春 2008-11-10 15:08:21
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