傷跡
小川 葉

 
こどもの頃
お正月とお盆になると
母の実家に行った
山々にかこまれた盆地に
田んぼが海のように湛えられ
島のように点々と
街や集落が浮かんでいた

遠くに見える
おおきな島に駅前が見えた
母の実家に住んでる
いとこが駅前で仕事して
どんな作業だったかはしらないけど
ふくらはぎをざっくり切って
怪我をしたことがあった

お盆は焚き火をたいて
火をかこんでみんなで花火をした
霊を送るためのその日
生きてるものだけがそこに残されたみたいに
火をかこみながら
やがていつかは霊になることなど
知らなくてもよかったけど
生きてるということは
そういうことだった

お正月は
ストーブでお餅を焼いた
お餅は焦げながらふくらんで
やがて破れた
そのあたりがおいしいと
誰かが言ったけど
それが誰だったかかなんて
誰もが忘れてしまった

いとこが奥さんと
子供たちを車に乗せて
いったいどこに行ってたんだろう
帰り道
凍った道の上に
乾いた新雪が積もったせいで
後ろの車に追突されたけど
怪我もなく無事だった
そのことを思い出す
けれどもあのひどい雪道を
どこに行って帰ってきたかは
誰も知らないことになっている

田んぼのいたるところに
建物が建ちならび
新しい島があちこちに浮かぶ
ひさしぶりにおとずれた
母の実家は
海というよりも
人の上に浮かんでしまう
欲望や絶望に似ていた
けっしてそれは
希望ではなかったけど
みんな希望なのだと信じていた

駅前の信号は
あの頃とおなじメロディで
青になれば思い出し
黄色になれば注意して
赤になると
もう渡ることはできない

いとこのふくらはぎの傷は
まだ傷跡として
のこってるだろうか
あの傷がまだ
赤くにじんで痛々しかった頃
景色はこんなに痛々しくはなかった
奥さんと子供たちは
元気だろうか

いとこと最後に会ったのは
このあたりが海だった
稲穂が風にそよいでいたあれはたしか夏
おなかがすいてご飯を食べていた
背中を濡らす汗が一途なので
とてもうつくしかった
 


自由詩 傷跡 Copyright 小川 葉 2008-11-05 23:55:52
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