休日
ホロウ・シカエルボク




クリアブルーのスカイの中に融けてゆく影、背中に置手紙は無く
風に混じる最後の言葉も無かった

黒い刃物の様な
羽を広げたカラス、ある種の領域を制定するみたいに
いくつかのリングを繋ぎながら光源の彼方に消えた

とあるフューチャーなビルの壁面では
ショート・カットのオードリー・へプバーンが
最新のスタイルを売るのに利用されている
彼女なら墓場から
出演料を要求したりしないからだ

オープン・スタイルのレストランで
異邦人がパスタを啜っている
痩せこけた彼の頬は
エンの基本的な価値を理解することでいっぱいいっぱいに見える
肘の脇のコーヒー・カップを
漫画みたいに弾き飛ばさなきゃいいんだけど

繁華街が終わり、住宅街へ続く長い坂道を、速度を変えることなくずっと歩いた
時間の概念がまどろみの出口みたいで
上手く数えれば数えるほど馬鹿みたいに思えた
団体で手を繋いでUFOを呼ぶ儀式ぐらい馬鹿げたことに
齧ったキャンディの糖質がワームの様に
いくつかの細胞を血だらけにしてる気がした
もちろんそこには傷みなんて存在しないのだけど
それだけに長く尾を引く厄介の様な気がして忌々しかった

帰ってラジオをつけると
出かける前にやっていた番組がまだ続いていた、今日は休日なのだ
コーヒーメーカーがつつましやかに働いている間に、カレンダーの今日の日付を消した
そんな事をしたのは生まれて初めてだった
自分の中である種の認識が求められていた、それがもちろん
日付を塗りつぶすという類のものじゃない事には薄々気づいてはいた、ただ
コーヒーが出来るまでにやれることなんてそんなことぐらいしか思いつかなかった
10月の透明に思うより惑わされているのだ
時代遅れの移動手段みたいに
コーヒーメーカーが蒸気を吹き上げた、その瞬間
ラジオが嫌いになったのでスイッチをオフにした
流行歌がどんな余韻も残すことなく
ワンルームのキッチンで飛散した
爆破、と呟いたけど
それが冗談なのか本気なのか理解出来なかった

洗面に潜り込んで髭を剃った
洗顔フォームを塗りつけると肌を傷つけることはない、何故
傷つけることをそんなにも避けるようになったのかは
今のこの瞬間まで考えたこともなかった
考えてみれば
剃刀の刃が鼻の下を裂いたところで何が変わるわけでもないのだ
そんな些細な傷を凌駕するものはこの世には幾つでもある
納得のいく答えに辿り着ける可能性は極めて薄かったので
それ以上はこだわることなく修行僧のように顎の裏を剃った
肌は傷つけなかったし
顔はすっきりと整理されて見えた
だけどそこにはどんな方向性も確認することは出来なかったのだ
髭があったはずの場所をするすると撫ぜて
洗面の明かりを消して窓際のソファーに腰を下ろした

電柱のてっぺんでカラスが二羽、此方を窺いながら何か深刻な問題について話し合っていた
もしかしたら此処に
何か致命的な通告を届けに来たのかもしれない
あまりに致命的な内容なので躊躇しているのだ、思うにあの二羽のどちらかが
さっき坂道の下ですべてを見ていたのかもしれない
しばらく視線を向けたままでいると
一羽だけが数度頷いて其処から飛び去った
どこかの屋上で羽を休めている長老にお伺いを立てに行ったのかもしれない、残された一羽は
「別に俺だって好きでこんなことをしているわけじゃない」と言いたそうに
視線が合わないようにじりじりと向きを変えた

コーヒーを飲みほすと何もすることがなくなった
カップを流しに置いて
帰ってくるとカラスは居なくなっていた
空っぽの電柱のてっぺんから電話のケーブルを辿ると
そのまま眠ってしまいそうな気がした、背中に置手紙は無く
風に混じって聞こえる最後の言葉も無かった





それが
欲しかったのかどうかなんて考えもしなかった





自由詩 休日 Copyright ホロウ・シカエルボク 2008-10-26 09:49:44
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