朝のこない団地
石畑由紀子


先週の午後
雨と一緒に
隣の男が降った

最上階に住んでいるとそれだけで
いつでも飛び下りなさい、と
手招きされているような気がするので
荷物が重たくなった時などは
ベランダに近づかないようにしている
きっちりと鍵をかけて
しっかりとカーテンを閉めて
自分の身は自分で守るのだ

それができなかった男
荷物の種類は知らないけれど
男なりに重かったんだろう
実際ひどい音がしたから

自分の身は自分で守るものなのに

それから毎夜
階段を登る男の靴音が聴こえる
カーディガンをはおって
冷たい扉に耳をあてると
男の靴音は私の耳のそばで止まり
しばらく沈黙が続いたあと
二・三度 力なくかかとを鳴らして
ふっと気配をなくしてゆく
リビングに戻って私もいつの間にか
ソファで眠ってしまう

翌朝 玄関を開けると
決まってコンクリートの床がうっすらと濡れている
男の玄関の差し込み口には
溜まった朝刊がこぼれかけていて

私は私の身を守ることで精一杯なのに

踊り場の窓から漏れる光が眩しくて
私はすぐに玄関を閉める

男は何をまだ背負っているのだろう
閉めきった暗い部屋で一人考える





自由詩 朝のこない団地 Copyright 石畑由紀子 2004-08-01 23:19:10
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