秋の夜
吉田ぐんじょう
・
仕事帰りの街灯の下
夜がひたひたと打ち寄せている
その波打ち際に立ってふと
えッと吐き気を催した
げぼッと咳き込んだ口から足元へ落ちたのは
幼いころのお友達だ
あの頃いつも遊んでいた
顔も覚えていないお友達
ああこの子はまた空気と遊びよる
とよく言われたことを思い出す
真っ黒い人の形をしたお友達は
目ばかりきょときょと動かして
指でつつくと いやあん と泣いた
・
夜の公園にスーツ姿で
ブランコをこぐ中年がいた
何か報告書のようなものを書いている
そっと近づいて覗きこむと
つる二ハ○○ムし
つる二ハ○○ムし
とそればっかり
ボールペンでぐるぐる描いていた
そのうちボールペンのインクが切れて
それでもまだ描いている
ああきっと絶望しているのだ
まるで獣のようである
・
ビルの屋上から
夜景の中へ
手を握り合ってダイヴした恋人同士が
かすかに発光して
尾を引いて空の彼方へ消えるのを見た
・
あまり長く夜の中にいると
足が勝手に踊りだして
止まらなくなってしまうので
注意が肝要である
空気が
人間には聞こえない音楽で
満たされているのかも知れない
お墓の前には
半透明の白っぽい人たちがたくさん立って
地面をサンショウウオのような
よくわからない大きい生き物がはいずりまわる
背後から誰かが手を伸ばしてきている
知らないふりをして走り去る
長い影が靴の裏に貼り付いて
どうも重くてかなわない
季節外れの蛍がいっぴき
ひうっと頬をかすめて消える
※
コップを空中へ差し出して
しばらく待つと
秋の空気がコップに満たされる
それを飲むとしばし透明になれるのだが
あいにくとよく澄んだ夜の空気でなければ
ためることが出来ない
星が青く光る夜
体に当たる空気がさざ波になって
きらきらするような日があれば
君も試してみるといい