秋の夜
吉田ぐんじょう


仕事帰りの街灯の下
夜がひたひたと打ち寄せている
その波打ち際に立ってふと
えッと吐き気を催した
げぼッと咳き込んだ口から足元へ落ちたのは
幼いころのお友達だ
あの頃いつも遊んでいた
顔も覚えていないお友達
ああこの子はまた空気と遊びよる
とよく言われたことを思い出す
真っ黒い人の形をしたお友達は
目ばかりきょときょと動かして
指でつつくと いやあん と泣いた


夜の公園にスーツ姿で
ブランコをこぐ中年がいた
何か報告書のようなものを書いている
そっと近づいて覗きこむと
つる二ハ○○ムし
つる二ハ○○ムし
とそればっかり
ボールペンでぐるぐる描いていた
そのうちボールペンのインクが切れて
それでもまだ描いている
ああきっと絶望しているのだ
まるで獣のようである


ビルの屋上から
夜景の中へ
手を握り合ってダイヴした恋人同士が
かすかに発光して
尾を引いて空の彼方へ消えるのを見た


あまり長く夜の中にいると
足が勝手に踊りだして
止まらなくなってしまうので
注意が肝要である
空気が
人間には聞こえない音楽で
満たされているのかも知れない
お墓の前には
半透明の白っぽい人たちがたくさん立って
地面をサンショウウオのような
よくわからない大きい生き物がはいずりまわる
背後から誰かが手を伸ばしてきている
知らないふりをして走り去る
長い影が靴の裏に貼り付いて
どうも重くてかなわない
季節外れの蛍がいっぴき
ひうっと頬をかすめて消える



コップを空中へ差し出して
しばらく待つと
秋の空気がコップに満たされる
それを飲むとしばし透明になれるのだが
あいにくとよく澄んだ夜の空気でなければ
ためることが出来ない
星が青く光る夜
体に当たる空気がさざ波になって
きらきらするような日があれば
君も試してみるといい


自由詩 秋の夜 Copyright 吉田ぐんじょう 2008-10-14 02:28:58
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