作家願望日和
ヨルノテガム




先生と呼ぶ女の声が
先生と呼ばれる男の肩を振り向かせ

女の顔は無邪気なノッペラ坊であった
男は女の顔を描いてやろうと創作へ向かう
女は先生お手伝いしましょうかと歌い出し
男は陽気な女をしばらくして帰し、ひとり、
顔に寄せる言葉を選ぶ景色を探しに旅に出かける
金を使い、優しい、
道に迷う、目の道と鼻の洞窟、耳のワープが唇を裏返す
女の口歯が「先生、先生・・」と言う度に
顔面はみるみる膨れ上がり
風船や気球のように浮かび上がったかと思うと割れ落ちた
しぼんだ女からワッショイ出てきたのは
柔らかな羽を震わせ、先生 ありがとう と
オナラばかりをスカす妖精であった
男は思わず息を飲むと
女は甘い匂いをただよわせ
男の周りをメリーゴーランドのように
回り乱れ飛んだ





先生と呼ぶ女の指が
先生と呼ばれる男の肩にゆっくり落ち着き

書きものの途中、男は白紙から目を持ち上げる
女は お茶をお持ちしました と
今まで一度も気を使ったことの無いことをして佇んだ
――珍しいね、コンロ使えたの
――はい。
――じゃあ そこ置いといて
――先生、今日は何をしましょうか、と
雑用をうかがってくる
わたしは何故か女の顔を底が抜けるほど見つめてしまって

無邪気

とポツリ雨粒のような声を洩らしかけた
――じゃ、昨日の続きを。お願いします
―― は―い

夕刻から夜にかけて
書きものは続けられる
女は最初の一、二時間簡単な雑務をして帰ってゆく
目と目と鼻と口があって
若い女だった
明け方を過ぎるころまでわたしは何かを書いて
一生懸命辻褄を合わせようと回り道をする
それは次の日には抜け殻のようでもあり

夕刻になると、ひょっこりまた
女が現れ、先生 おはようございます と整理をし始める
女によると今日は給料日だそうで「先生」と呼んだ回数に
千円を掛けた額を頂戴することになっていると言う
女は無邪気に指折り数え出し 乱れたわたしの顔を覗き込みながら
「先生?」と、白い歯をチラリと見せた












自由詩 作家願望日和 Copyright ヨルノテガム 2008-10-10 03:28:39
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