作家願望日和
ヨルノテガム
先生と呼ぶ女の声が
先生と呼ばれる男の肩を振り向かせ
女の顔は無邪気なノッペラ坊であった
男は女の顔を描いてやろうと創作へ向かう
女は先生お手伝いしましょうかと歌い出し
男は陽気な女をしばらくして帰し、ひとり、
顔に寄せる言葉を選ぶ景色を探しに旅に出かける
金を使い、優しい、
道に迷う、目の道と鼻の洞窟、耳のワープが唇を裏返す
女の口歯が「先生、先生・・」と言う度に
顔面はみるみる膨れ上がり
風船や気球のように浮かび上がったかと思うと割れ落ちた
しぼんだ女からワッショイ出てきたのは
柔らかな羽を震わせ、先生 ありがとう と
オナラばかりをスカす妖精であった
男は思わず息を飲むと
女は甘い匂いをただよわせ
男の周りをメリーゴーランドのように
回り乱れ飛んだ
*
先生と呼ぶ女の指が
先生と呼ばれる男の肩にゆっくり落ち着き
書きものの途中、男は白紙から目を持ち上げる
女は お茶をお持ちしました と
今まで一度も気を使ったことの無いことをして佇んだ
――珍しいね、コンロ使えたの
――はい。
――じゃあ そこ置いといて
――先生、今日は何をしましょうか、と
雑用をうかがってくる
わたしは何故か女の顔を底が抜けるほど見つめてしまって
無邪気
とポツリ雨粒のような声を洩らしかけた
――じゃ、昨日の続きを。お願いします
―― は―い
夕刻から夜にかけて
書きものは続けられる
女は最初の一、二時間簡単な雑務をして帰ってゆく
目と目と鼻と口があって
若い女だった
明け方を過ぎるころまでわたしは何かを書いて
一生懸命辻褄を合わせようと回り道をする
それは次の日には抜け殻のようでもあり
夕刻になると、ひょっこりまた
女が現れ、先生 おはようございます と整理をし始める
女によると今日は給料日だそうで「先生」と呼んだ回数に
千円を掛けた額を頂戴することになっていると言う
女は無邪気に指折り数え出し 乱れたわたしの顔を覗き込みながら
「先生?」と、白い歯をチラリと見せた