電車
アンテ
発車を告げる笛がとつぜん響き渡る
いつの間に電車が到着していたんだろう
みんな一斉にホームに駆け出す
ぼくも駆け出す
階段で足がもつれて転びそうになる
転んでいる人もいる
閉まりかけたドアを無理やりこじ開けて
なんとか身体を押し込んで
大きな空気のかたまりを吐く
電車は容赦なく走り出して
間に合わなかった人たちとともに
ホームは後方に見えなくなって
おんなじ景色がくり返し流れだす
つり革につかまって
ぼくは一体どこに向かっているのだろう
車内を見回してみても
電車がどこへ向かっているのかわからない
乗客はみんなじっとうつむいていて
車内はとても静かで
とても話しかけられる雰囲気じゃない
電車は単調に走りつづけ
つり革にただ掴まっていると
息が苦しくなって
じっとしていられなくなる
あるいは本当に空気が薄くなっているのかもしれない
気の遠くなるような時間をなんとか耐えて
手とつり革が一体化しはじめた頃
ようやく車掌の声が流れる
聞いたこともない駅名が告げられる
窓のそとにホームが現れて
電車が減速してやがて止まる
ドアが開く
外の空気がとても新鮮に思えて
我慢できずに外へ出て
深呼吸をくり返していると
とつぜん背後でドアが閉まる
ぼくを残して電車は走り去ってしまう
ホームのあちこちに
ぼくと同じように残された人がいて
泣きそうな表情で互いから目をそらす
時刻表が見当たらないので
次の電車がいつ来るのかわからない
駅の名前も路線図もない
何人かはホームの片隅でうずくまり
何人かはのろのろと階段に足を向ける
ポケットに手をいれると
色あせた切符がひとつ入っている
行き先の文字はすり切れて読めない
階段をのぼりきると
改札口の向こう側に見知らぬ街が広がっている
たくさんの人が行き交っている
いちど駅から出てしまったら
もう二度と電車に乗れないことくらい
ぼくにだってわかる
ずっと待ちつづけて
やっと乗れた電車だったのに
息が苦しいくらいでどうして降りたりしたんだろう
どれだけ考えてもわからない
とにかく次の電車を待とう
駅の構内をさまよう
居場所をさがす