ひかりの海
ホロウ・シカエルボク




とおくの海岸線を見つめた
とおくの海岸線には
数え切れないほどのひかりがあって
まるで
とおい海の上に
もうひとつの
ひかりの海があるみたいで
きみは
そのまんなかで
あおむけに浮かんでいて
太陽のまんなかを見てる、まぶしくないのか、とぼくは問う
「まぶしくない」と、きみは答える
「わたしにはもう五感はないもの」もう五感がない
モウゴカンガナイ
かなしげなぼくを見て、きみはかんたんに笑う、それが
ぼくが今のきみについて考えてることのすべてだって
すぐに、判ったからだ
ひかりの海は、とぼくは声をからしながら聞く、ひかりの海に浮力はあるの
「ないわ」ときみは答える、ひかりの海なんかほんとうはないじゃない、あなたはもうすこし目を開かなくちゃいけないわ
ぼくには目を開く必要なんかない、とぼくは答える、ぼくにはそれが見えている、それをないものにする理由などひとつもない「きみに、それを諭すような権利だってないはずだ」
そうだね、ときみは言う、そして、ひかりの海のまんなかで目を閉じる「あなたは信じたのかしら」「なにを?」「わたしを、この世界を」
ぼくも目を閉じる、ぼくのからだの中に、ひかりの海のしぶきが満ちる、彼女に言わせれば、「ほんとうにはない」そのひかりが
「信じるってことは存在するってことだよ」とぼくは言う
きみはくすくす笑う
「いまのわたしは?」ぼくは言葉に詰まる「ほらね」
「あなたが見てるひかりの海っていったい何?」
窓の外には、何の変哲もない海があった
信じるってことは存在するってことだ、ぼくは
ただきらめいているだけの海を見ながら繰り返した、ひかりの海はなかった、きみはそこになどいなかった、たしかにその声はここに届いていたのに
ぼくは窓を離れる、窓を離れて洗面所に行く、洗面所には鏡がある、そこにはぼくが映っている、そこにはひかりの海はない
ぼくはバスルームのドアを開ける、からの浴槽がある
そこにもひかりの海はない
あっ、とぼくは息をのんだ
ひかりの海を探して、どれほどの時間が過ぎたんだろう?
浴槽には小さなほこりが生命のように覆いかぶさっている、いま鏡に映ったぼくは…
「信じるってことは存在するってことだよ」とぼくは言う―言った
ひかりの海なんかほんとうはないじゃない、と彼女は言った
ぼくは洗面に戻った、ぼくは洗面に映っていた、だけどそれは非常にひねくれた残像のようなものだった、ぼくは鏡を殴りつけた、鏡は音すら立てなかった、かすり傷ひとつそこにはつかなかった
ぼくの姿は映らなくなった
信じるってことは存在してしまうということでもある
海からの激しい風が閉ざされることのない窓から吹きつける
ぼくはひかりの海を探した、もうすぐ夕暮れが来るだろう、そしてぼくは




明日も同じまぼろしを信じて窓辺に立つ




自由詩 ひかりの海 Copyright ホロウ・シカエルボク 2008-08-31 20:31:08
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