逃亡の日
ましろ

ピカリと稲妻がともり雷鳴が空を割った

今は小康状態
夫はゴルフにでかけ明日の朝まで帰ってこない

平静を装ってはいるが
絶え間なく続いた昨夜の雷に
腕も腹も脳天も足の裏からも入り込まれ
好き放題に分割された町はざわついている

逃げるなら今だ!
わたしは思った

時間をみつけこつこつと描きあげては 
「いいねー」と夫の微笑みをもらった数枚の絵も 詩も
たしかに息づくわたしの居場所も 
なにもかも捨てて飛び立つんだ

カード一枚を握り締め
荒い吐息でくもる新幹線の窓に雨がぽつんと落ちる


横浜も嵐かもしれない
その方が好都合だ

昔住んでいたようなぼろアパートに
電話にむかって一人暮らしの中年女が罵る声を合図に
剥げたペディキュアの汚い足をおっぴろげて眠る女と
携帯メールに興じているその女の男の住む部屋の天井に入り込む

蝙蝠のように気配を消して
何食わぬ顔ではり付いていればいい

男と女がうまいうまいと言う冷凍食品の残り滓を食べ
電車やトラックがガタガタと走るたび 
有線が大音響でかけられるたび
大きくばたつき
ひび割れたチークや雑誌 ブランドものの大きな腕時計に糞をする

そのうちに
わたしの蠢く音はレンジのチンと変わらなくなる

今度こそうまくやれる
簡単なことだ


嵐の中
夫は私を捜すだろう

町は穏やかになり山が虹に照らされる

何年か待ち帰って来なくても
わたしの残していった絵や詩を人質に
いつまでも信じて

チィチィチィチィチィチィ 
彼の見つめる ぴーち色の空が
蝙蝠の鳴き声で少しだけふるえている


自由詩 逃亡の日 Copyright ましろ 2008-08-30 11:34:29
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