盆地の田
ブライアン

同級生の彼女が死んでしまった、次の次の日だった。僕らは彼女の葬式のため、彼女の家へ向かった。彼女の両親が仏前で、笑って出迎えてくれた。僕らは一同そろって、その前に坐った。順番に彼女への線香をあげた。線香をあげ終えると、僕らはしゃべるための言葉を探して、黙り込んだ。みんなが線香をあげた。両親は僕らに向直った。深く、頭を下げて、ありがとう、と言った。その時、僕らは皆気がついた。みんな、泣いてしまうんじゃないかって事を。仏前から経を読む声が聞こえる。木魚のポンポン、と鳴るリズムが聞こえる。泣いてしまうんだ、と。僕らは皆、誰もが絶対に泣くまい、と彼女の家の玄関を跨いでいたのに。鼻をすする音が響いた。いや、響いてなかったかもしれない。そう思っただけだ。何も、聞こえはしなかった。物音や言葉は溶けて消えてしまった。僕らが気が付いたのは、彼女の登下校の道を歩いている時だった。山から下ってくる細い道を僕らは占領して泣いていた。コンクリートにひびが入った道、雨が降ると水たまりのできる道だった。彼女の、笑ってよ、という声が聞こえた。僕らは一同に辺りを見回した。みんな、鼻の頭を赤くしていた。目は腫れぼったく、充血していた。鼻をすする音が響いていた。盆地に続く下り坂から田は一面に広がっていく。僕らの鼻をすする音は、下り坂を利用して、盆地一面に広がっていくようだった。僕らは可笑しくなった。可笑しくなって、笑った。鼻水をたらしたり、痰が口からこぼれ落ちたりしていた。道の両脇から広がる黄金色した田は、溶けたはずの言葉を浮かび上がらせた。

風が吹く。その度、浮かび上がった言葉を拾い集めるのだった。もっと、もっとたくさん、と彼女は両手で抱え込む。


散文(批評随筆小説等) 盆地の田 Copyright ブライアン 2008-08-24 18:53:12
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