歴戦をくぐり抜けて
doon


 恐ろしく雄弁に語り始めた
 もうすぐ死ぬであろう男の言葉に
 耳を傾けることにした

 妻は生きているかと言った
   もちろん生きている答えた
 息子は元気だったかと言った
   息子は派遣社員で頑張っていると答えた
 事故後の修理はどうだと聞かれた
   保険がおりるから大丈夫だと答えた

 呼吸を置いて男は空を見上げた
 無性にノドが渇いたように唇を振るわせた

 墓を立てる金が無いのだ、どうしたらいい
 年金はしっかり返ってくるか
 物価上昇は何とかなるだろうか
 医療は前よりよくなったか
   すべて、大丈夫と答えた

 画面の向こうでは自殺者数が過去最高になった
 みんな嘘をついてやった
 妻はもう遺影になり
 息子は職を転々として一人暮らし
 保険が降りるといっても半分にも満たない
 墓は立てられず
 その他は何の目処も立っていない

 戦争時代を勇ましく生きた男の死に場所が
 クーラーさえない
 真夏の台所であることを
 いくらの人が知るだろうか


自由詩 歴戦をくぐり抜けて Copyright doon 2008-08-21 06:50:22
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