創書日和「爪」 爪
北野つづみ

夜に爪を切ります
迷信は知っています
そのとき をあれこれと想像してみます
みっともないほど泣きわめくかも と思います
ハンカチが二枚は必要でしょう それとも三枚かな?
鼻紙も忘れずに用意しましょう

意外にも
冷静だった場合にはどうしましょう
私の目から 一粒の涙もこぼれなかったら? 
そのときには
冷たい娘と思われないために
呆然としたふうを装うのがいいかもしれません

むかし 真夜中にひとり
目が覚めてしまったときのことを思い出します
隣の布団で眠っていた母の横顔は
月明かりのした まるで
息をしていないふうでした 皮膚は青白く
落ちくぼんだ眼
まぶたはゆるく 力なく閉じていたので

あのときは本当に怖ろしかった
世界のすべてが止まったようで
静かで
・・・
けれど 私は
身じろぎもせず見つめているだけだった
本当は確かめたかったのに
そっと手を伸ばし
あなたの頬に触れてみたかったのに

そのとき がきたら
こんどはしり込みしたりしない
ホントウニサイゴダモノ
そう思うと 鼻の奥が
なんだかつんと してきたようです


爪を切っています
わたしの爪の形は母のに似ています
この爪で
この指で
ほどけかけた糸の端と端とを
今一度 強く結び直すべきなのかどうか
考えあぐねています
とりあえず 明日
電話してみます





自由詩 創書日和「爪」 爪 Copyright 北野つづみ 2008-08-17 10:34:08
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