盲目の夏
皆月 零胤

夏の青空にサナトリウムの白い壁が
セラミックナイフのように突き刺さる
静脈に流れる爽やかな風を感じるように
鉄格子の越しのひこうき雲は流れて
エアコンの室外機からの水溜まりに太陽が
反射して風に揺れ天井に光の模様をつくる

  窓から続く岬の灯台は
  夜になるたび人目を盗んで
  船を一艘ずつ丁寧に沈めている

  今夜沈められてしまった船を
  何艘か拾いに行ってみることにしよう

木蔭で涼むバイクを眺めているだけで
回診の時間になってしまい白衣を着ると
見えない夏が終わってしまいそうな気がした

  夜になり岬に出かける
  灯台はこっちを何度も向いて
  強い光で僕の目を少しずつ焼き
  僕の視力を奪い続ける

  コールタールみたいな夜の海で
  船を沈めようとする歌声を聴いた
  それは昔聴き覚えのあるもので
  朝がくるまで歌はやまなかった

患者にだすよりも強い睡眠薬を飲んでも
少しだけしか眠ることができずに
いつもサイレンの音を聴いた気がして
浅い夢から連れ戻されて朝を迎える

  朝日の光は無色で透明だったけど
  この頃は茶色い朝ばかり続いている
  あの頃の夏の太陽の替わりにきっと
  誰かが別のものを打ち上げたのだろう
   
  昔は海賊をやっていた
  この海には僕の船も沈んでいる

睡眠薬が完全には抜けきっていないせいか
まだ意識が朦朧としていた
変わった夢を見たような気がしたが
どんな夢かは思い出すことができなかった


自由詩 盲目の夏 Copyright 皆月 零胤 2008-08-10 18:50:56
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